

2026年7月6日(月)
LINE ARROWは「日常に輝く道しるべ」をコンセプトに、世の中に潜む美しい形や風景を切り取り、小さく精巧なシルバーアクセサリーへと仕立てています。シンプルでありながら洗練されたデザインは、性別年齢を問わずたくさんの方にご好評いただいております。そんなブランドが生まれたのはつい去年の夏のこと。人生のターニングポイントでした。ものづくりが昔から好きだったことから自動車部品メーカーの技術職に就職。当時アクセサリーは全く興味はなく、
休日は暇さえあればバイクでツーリングやキャンプをする日々。長期休暇には北海道や九州へもバイクで行ってしまうような技術者兼旅人でした。
そんなある日、親から「最近はアクセサリーも3Dプリンターみたいな工作機械を使った製造が広まってきている」と聞き、興味本位で調べてみました。ただ当時の自分の機械と技術では主流の製造方法はできず諦めました…で終わらないのが技術者の性で、勤め先の自動車製造技術と当時趣味で始めた3Dプリンターを活用したところ、本当にシルバーアクセサリーができてしまいました。画面の中のものがシルバーアクセサリーとして実体化できた感動に胸がときめきました。その時初めて作ったシルバーアクセサリーは、大分を旅した時に鍾乳洞で見かけたダイビングの道具を元にアレンジしたデザインでした。三角形の輪郭で、ロープを通して出口を指し示す道具で「LINE ARROW」という名前だそうです。自分の作るシルバーアクセサリーも人に輝く方向を示す道しるべになるようにと意味を込め、この道具を屋号とシンボルマークとして活動しようと決めました。
趣味で製作していくうちに、自分の中で完結させず、もっとファッションが好きな人に着けてもらいたいと夢見るようになりましたが、仕事との両立は現実的ではありませんでした。そこで技術者に戻れる命綱として国家資格を取得後退社し、思い切って宝飾業界へ飛び込むことにしました。学生の時、親の反対を押し切ってヒッチハイクを敢行したり無断でバイクを購入したりと、興味を示すものに対しての決断と行動力は、人一倍の自分にとってこの決断も迷いはありませんでした。
技術者から転身するきっかけは他にもいくつかありましたがその中の一つが起業支援を行う公共施設コココリンの設立でした。当時ものづくり以外素人だったため、起業相談やセミナーを通して事業に必要な情報収集に活用させていただきました。また同施設で委託販売もさせていただき、商品のラインナップや見せ方を実践的に学ばせていただきました。その成果もあってか、初めてのマルシェ出店は小雨だったにもかかわらず、たくさんの方がお店に足を運び作品を選んでくださいました。誰も来なかったらどうしようと最初は不安でしたが、お客様の耳元や首元で輝く作品とお客様の嬉しそうな表情を見て、初めて自分の活動が誰かのためになったと救われた気持ちになりました。
地道な活動の甲斐もあり、リピーターさんが時々差し入れをくださったり、学生時代の同級生や後輩が遊びに来てくれたりと、少しずつお店を中心にコミュニケーションが生まれ始めています。作品製作が孤独との闘いなだけに、イベントでのそういった励ましや優しさが心に染みます。
作品は世の中に潜む“美しい”形や風景を題材にしています。登山の時に眺めた北アルプスの山並み、きれいな線を引く万年筆、水族館で優雅に泳ぐマンタ。その感性に刺さった物体の「美しさ」の正体って何なんだろう?という問いに対してピクトグラムのように抽象化し銀一色で表現することで、整理された情報の中から自分なりの答えを導き出す。そして最終的にアクセサリーに仕立てることでお客様にもその「美しさ」が伝わるようにしています。
また技術者時代は1/1000㎜の寸法と戦っていたこともあり、シルバーアクセサリーでも同じように寸法や重量、重心を厳しく管理しています。マルシェなどでお客様の声をお聞きする中で分かったのですが、そういった当たり前だと思っていた品質管理が、実は精巧さや統一感といったブランドのこだわりとしてお客様に伝わり手に取っていただくきっかけになっていたようで、ものづくりの面白さをまた一つ知ることができました。そんな生活の軸が作家活動になり時間があれば作業したいという日々に、それまで毎週末乗っていたバイクに乗りたくても乗るのを許せない自分がいました。
どうすればバイクに乗るのを許せるだろうか…「そうだ、バイクに出店道具全部積んでしまおう」と普通の人はならないと思います。限られた積載量と重量増加によるバイク操作の難しさがありますし、何より前例がないことですが、日本をバイクで3周も旅した経験からか何となくできる自信があり、発想から1ヶ月で本当に実現させてしまいました。
今年の3月からバイク出店をスタートし、シルバーアクセサリーだけでなく、バイク目当ての方も来ていただけるようになりました。バイクが立派な客寄せパンダになってくれて、子どもたちからのかっこいい!の声は何だかヒーローになったみたいでうれしいですね。5月に京都の平安神宮の前で出店した際は海外の旅行者の方々にも絶賛いただけたのが想定外の喜びでした。
これからさらに本格的なジュエリーを作れるようになるため、今は作家活動をやりながら専門学校で宝飾品製作の基礎を学んでいます。さらにこの一年の活動の集大成として、7月初旬には全国からジュエリーブランドや作家が東京に集結する国内最大の宝飾イベント「JAPAN JEWELRY FES」への出店を予定しています。少し背伸びをして失敗することもあります。しかし日々の挑戦は、ブランドも私自身も確かな成長へと導いてくれています。お客様にこのブランドを選んでよかったと思っていただけるよう、妥協のない作品制作と精一杯のおもてなしと感謝を忘れずにこれからも精進してまいります。
そしてこの日常の輝きを全国へ届けられるよう、大好きな愛車とこれからまた日本各地を駆け巡ります。
■ mail:linearrow213@gmail.com
■ tel :090-3444-5500
2026年6月1日(月)
石垣などを積む『石積み』を祖父が始めたのは1946年。その後、父が墓石の加工・販売に業務転換して今に至ります。長男の私に「後を継ぐのか?」と聞かれ「やります!」と、その一言で私の人生は決まりました。大学を卒業後、石を卸す商社で石のあれこれを学び、葬儀や仏壇・墓石販売会社で営業マンとして修行し、25歳で当社に入社しました。
父は私のポストとなる、営業部を立ち上げ、2人の社員と手分けして知多半島全域を回る日々が始まりました。葬儀場や葬儀看板(その頃は喪主名、住所が記載されていました)から情報を得て、葬儀が終わって3日後くらいに、そこにお訪ねして墓石のカタログをお渡ししていました。20年ほど前は葬儀後に、仏壇屋や香典返しのためギフト屋さんが訪問することは当たり前の時代でしたが、玄関先の呼び鈴を押す時はドキドキでした。修業時代の先輩はお客様の気持ちを第一に考えていました。そこで学んだことが、私の営業の基礎になっています。「イメージ通りのお墓が出来た」と言われることや、お礼の手紙をいただくことは、嬉しくやりがいを感じる時です。
当社(本店)は墓地(市営北谷墓地)の近くにあり、亀崎・知北(東浦)支店も同様で「墓地の近くにあればお墓が必要になった時に気づいてもらえる」という父の考えです。また、父の代から日本で育ち産出された『国産墓石』を使用しています。風土に合うため耐久性も優れており、最後に入る所は日本の石で出来たお墓の方が安らぐだろうと仰る方もいらっしゃいます。存命中に子どもたちに負担をかけたくないと、自分や家族のためのお墓、寿陵墓(じゅりょうぼ)を建てられるケースは、近年増加傾向にあります(長寿や子孫繁栄を願う縁起の良いお墓とされます)。また、デザイン墓石とか洋碑と呼ばれている、欧米風の墓石も人気を集めています。石やデザインに懲り、刻む文字も『絆、心、空、ありがとう』など、その方の想いが込められています。墓石を作る機械の開発や研磨加工などに必要不可欠な技術力の向上によって、よりご希望に併せて作製することが可能です。当社は職人の手により、真心込めて丁寧な作業でお墓作りをしています。
お墓を取り巻く諸事情も変化し、当社の事業内容もお墓参り代行、お墓の掃除、墓石クリーニング・リフォーム、除草作業、防草施工など多様化しています。墓石を隅々まで知り尽くしたプロの手で作業しますので、お墓のことなら何でも安心してお任せください。5月9日からは、仏花の販売も始めています。また、5月30日から6月30日まで『墓石ご相談会』を開催します。お墓開きは祝い事と言います。お気軽にいらしてください(本誌、裏面広告をご覧ください)
『石に触れていただきたい』という想いで、『はんだふれあい産業まつり(所属する青年部ブースで子ども向けに実施)』の他、会議所主催の『はんだオープンファクトリー』、『HANDA NOBEL』で、お墓に文字を刻む技術を活かして、サンドブラストのワークショップを開催しました。当社では15センチ角の研磨した黒い石の板に砂を高速噴射し表面を削って洗浄・研磨・装飾して作品として完成させます。カッターを使用するため、小学校高学年以上のお子さんが対象となりますが、親子連れ、大人の方など多くの方々に参加いただきました。表札にされる方、オブジェとして家に飾られる方様々ですが、完成した作品を嬉しそうに抱えて持って帰られる姿を見ると、開催して良かったと思える瞬間です。これからも色々なイベントに参加し、多くの皆さんに石に触れて、石の魅力を体感していただきたいと願っています。
父が急逝して私が後を継いだのは29歳の時で、もう17年経ちました。お墓事情も時代に応じて様々な変化をしてきましたが、特に近年は激変しています。入社した20年ほど前には半田市近隣では市営墓地が足らなくて、抽選だった時もあったようで、『墓じまい』という言葉を聞く時代が到来するなんて想像も出来ませんでした。納骨をせず、手元に置いておきたいと仰る方もいらっしゃいます。その気持ちは分かりますが、お墓を建て納骨することは一つの区切りであり、新たに出発する時だと考えています。亡くなった方の居場所となり、残されたご家族が何年もお参りを続け、拠り所になるお墓を建てることに携わる仕事は私の誇りです。これからも葬祭墓石ディレクターとして、皆さんに喜んでいただけるようなお墓を建てていきたいと思います。
奥様の亜由美さん(取締役)
主人と義母と私、3人で仕事に携わり、主人は営業と墓石の設置、義母は経理全般、私は墓石や花立てに刻む花のデザインを担当しています。以前は蓮や菊が一般的でしたが、今は桜、鈴蘭、向日葵など、故人のお好きな花を要望される方が多くなってきました。私も提案させていただきながら、よりお客様のお気持ちに沿うよう努めています。
「介護生活は大変でした」「こんな辛かった思い出があるのよ」と故人とのお話しをされる方がいらっしゃいます。私は耳を傾けることしか出来ませんが、いつかそういうお話を、笑い話として語っていただける日が来ることをお祈りしながら、皆さんの想いが多く詰まったお墓になるようお手伝いをしています。
■ 半田市柊町2-66-1
■ 営業時間/9:00~17:00(全店)
■ 定休日/木曜日(知北支店のみ営業)
■ TEL/0569ー22ー2884㈲丸山石材店HP
2026年5月7日(木)
二人姉妹の妹として育ち、おやつはいつも亀崎饅頭でした。当店の看板商品である「亀崎饅頭」は、地元では「かめまん」の愛称で親しまれています。1818年(文政元年)から酒元饅頭の製法で作り続け、1890年(明治23年)、半田で開催された第1回陸海軍連合大演習に行幸された明治天皇に献上しました。当時としては大変名誉なことでありました。家庭のおやつとしても身近に親しまれるお菓子であり、時間をかけて炊き上げたこし餡はやさしい甘さに仕上げています。
大学に進学し、損害保険会社に就職。当時は、働き続けるならキャリアを積んでいこうと考えており、家業を継ぐことは考えていませんでした。当店は1689年(元禄2年)創業で、これからも当たり前に続いていくものだと、どこかで漠然と思っていました。転機となったのは、長年働いてくれている職人さんが怪我をされたこと、そして高齢となった父が一人で饅頭を作り続けていけるのかと不安に感じたことでした。その時、会社を辞めて跡を継ごうと決断しました。父は昔から、私の決めたことに口を出さない人です。一方で母は、「今までのキャリアを捨ててまで手伝わなくていい」と反対していました。それでも、今の私があるのはこの店があったからこそ。この店を守り続けていくことが私の使命だと決意しました。
会社を辞めるとき、後悔だけはしたくないと決めていました。しかし、尊敬していた上司から「会社としては残念だが、間瀬の人生を応援している」と声をかけていただいたときは、思わず涙があふれました。多くのことを教えていただいた感謝と申し訳なさと共に、いつか上司の耳に自分の取り組みが届くよう、精一杯頑張ろうと思いました。
昨年4月には愛知県菓子専門学校に入学し、日中は家業に携わりながら、夜は週3回通学する生活を送り、今年3月に卒業しました。洋菓子と和菓子の両方を学び、お菓子に関わるさまざまな立場の仲間の中で、級長としてクラスに関わりながら、切磋琢磨した充実の1年間でした。卒業時には成績2位の名古屋市長賞をいただくことができ、自信につながりました。
現在は父や従業員さんと共に伝統を守りながら、新しい商品づくりにも力を入れています。「わらび餅ドリンク」や餡子が苦手な上司からの一言をきっかけに考えた、若鮎の生地で胡桃とアーモンド入りの求肥を包んだ「折々」など、自分が食べたいと思うものを形にしながら試行錯誤しています。血の繋がった上司である父に対して、つい言いたいことを言ってしまい、感情をあらわにしてしまうこともあります。一方で、私がやりたいことに対して静観し「やってみればいい」と言ってくれる父の存在は、静かに支えてくれるとても心強い存在です。父に追いつき、そして追い越すことが、今の目標の一つです。接客はテキパキとしてタフな母が担っており、父とのバランスの良さを感じています。
私が店に入ってからは人手不足も少しずつ解消し、イベント出店の機会も増えてきました。2月に半田赤レンガ建物で開催された「HANDA NOBEL」では、所属している商工会議所青年部の仲間から「来たよ」と声をかけていただき、お買い求めいただけたことがとても嬉しく、励みになりました。4月には大府市のマルシェにも出店しました。これからは待っているだけでなく、自ら外に出て、身近な店として知っていただけるよう取り組んでいきたいと考えています。
家業に関わって1年半ほどですが、重い材料を運び、夏は暑く冬は寒い現場での体力勝負の日々です。学生時代はバレーボールを続けていたので、その点は自信があります。和菓子屋のイメージにとらわれず、新しい風を取り入れようと髪色も変えてみました。また、SDGsを意識し、残ってしまった商品を自分が食べ続ける動画をインスタグラムで発信していますので、ぜひご覧ください。
振り返れば、これまで多くの方に支えられてきました。地元の方々の集まりである「亀崎会」に参加しており、ゴルフを楽しみながら交流を深めています。父と同世代の方が多い中で、「継ぐことにしたんだね。応援するよ」と声をかけていただけたことは、とても嬉しかったです。趣味のゴルフも含め、第3木曜日を楽しみにしています。
また、跡取りや事業承継に関わる人が集まる「跡取会」にも参加しています。同じ立場の仲間と話すことで「もっと頑張ろう」と前向きな気持ちになれる、大切な場所です。いつも学ばせてもらうことが多いので、いつかは自分も与える側(GIVE)になりたいと考えています。4月にはコココリンの「100人カイギ」でお話しする機会もあり、自分の経験が少しでも役に立てていたら嬉しく思います。
前職で教わった「仕事は明るく楽しく、されど厳しく」「指先は自分自身に」といった言葉は、今も自分の軸となっています。前職でMYパーパス(人生の目的・使命)を考える時間があり、そのときは明確に答えられませんでしたが、今は「歴史を途絶えさせないこと」だと、自然とそう思えるようになりました。
この店を支えてくださったお客様がいたからこそ、今の私があります。亀崎に、半田市に、知多半島に興味を持つ人が増え、足を運んでいただけるよう、自分がそのきっかけの一つとなれるように、これからもこの伝統と味を守り続けていきたいです。
㈲紀伊國屋本店
■ 半田市亀崎町3-96
■ 営業時間/8:00~18:30
■ 定休日/木曜日
■ TEL/0569-28-0064
2026年3月31日(火)
長年、半田商工会議所の会員ですが、女性会はあまり知りませんでした。7年ほど前にお誘いを受けた時、メンバーはどなたも素晴らしい先輩方ばかりで『恐れ多い』と恐縮し、戸惑いました。でも主人が商店街活動などで刺激を受けている姿が羨ましく、店の中にいるだけでは世界が狭くなってしまう、とお仲間に入れていただこうと決心しました。
ファミリープラザマルアイとして、婦人服・貴金属・バッグ・健康生活の品々を扱ってる当店で日々接客をしている私は、当初はお店の忙しさにかまけて、そんなに熱心ではありませんでした。副委員長のお役をいただいた頃から、出席しないと周りに迷惑をかけてしまうと、意識が少しずつ変わっていきました。そして「体調不良の私の代わりに出席してください」と頼まれることが度重なると、「頼ってくださっている」と、新鮮な驚きを持つようになりました。それまでの人生、頼られることがあまりなかったので…。お願いすれば何でもやってくれる両親、兄に守られ、嫁いできても義理の父母、主人の下で穏やかに生活してきました。女性会で初めて『頼っていただいている』ことを感じた時に、自分の人生で『頼られることもあるなんて』と不思議な感覚でした。今は強くなって(笑)、接客、仕入れを担当し、頼られる側の人になったのかしらと思っています。振り返ってみれば、人のお世話をすることが性に合っていると感じていますから、本来はそういう性格も持ち合わせていたのかもしれないですね。今は初孫にイソイソと会いに行き、娘の助けになればと、あれこれと作った料理を届けてお世話をしています(笑)。
そんな私が令和8年度の女性会会長を務めさせていただくことになり、かつての私に戻りそうです(笑)。素晴らしい力を持たれている皆さんのお力に頼りながら『仕事、生活について学びながら、みんなで楽しく活動しましょう』というスタンスで臨みたいと思います。スローガンは『笑顔つないで新しい一歩』です。昨年、女性会創立20周年記念事業を終え、次の10年に向けて新たな一歩を踏み出す大切な節目の年ですが、何の心配もしていません。メンバーの力強い団結力で有意義な事業が展開されると信じています。昨年好評であった婚活事業、防災セミナー、子ども支援を柱として活動していく予定です。
少し残念なことは事業等への参加メンバーが固定化しつつあることです。多忙な毎日とは思いますが、優先順位を少し上げていただき出席されれば、女性会の良さが分かっていただけるのではないでしょうか。私自身、多様な事業をされているメンバーの皆さんとお話していく中で「そういう考え方もあるのね」と刺激を受けることも多く、女性会は成長させてくれる場であり、時には息抜きの場所にもなっています。また同時に仕事をしていく上で、ヒントをいただくこともあります。
創業63年を迎えた当店は、近年、健康関連商品の取り扱いも始めています。そういう新しい分野に目を向けたのも、メンバーからの影響もあったように感じています。補整下着・電解水素水・ありそうでなかったもこもこ5本指ソックス(保温性が高く、医師の推奨商品)など好評をいただいています。私もスキンケアーアドバイザーの資格を取り『美と健康』をテーマに、色々なことにチャレンジしています。お客様からお客様・お友達へと情報が共有され、マッサージやオステオパシーの施術に試着
室を使いたいと要望があったり、毎月下旬に店内で『美と健康マルシェinファミリープラザマルアイ』を開催するようになりました。2月のマルシェはキッチンカー、腸もみ、ドライ・ヘッドスパ、整膚、陰陽5行占い・お財布鑑定、手作りデコパージュ作品販売など、多彩なメニューで楽しんでいただけました。(毎月、メニューは変わります)
「今の仕事はあなたの天職ね」と言われますが、お客様と接したり、キレイなものに囲まれているのは楽しくて、その言葉を実感しています。子どもの頃、祖母と母が営む酒屋を手伝うこともあり、接客は身近なものでしたが、きちんとお店と関わったのは子育てが一段落した頃からです。その頃結婚前に勤めていた保険会社で働くことが決まっていましたが、従業員さんが辞めたこともあって、私がその後を担当することになりました。義理の両親、主人と一緒に働くことは仕事も私生活も一緒、ちょっと…と思って(笑)、迷いながらの選択でした。今では、高齢の方とお子さんに人気がある主人と、仲良く仕事をしています。色々な方と接して感じるのは、原色の黄色やピンクなどキレイな色の洋服を好まれる方は元気が良いですね。どうしても無難な黒やグレーに落ち着いてしまうかもしれませんが、首元にスカーフなどで明るい色を持ってくると、顔周りがキレイになり、元気になれそうです。ぜひ挑戦してみてください。
健康で元気でないと何も出来ないと実感し、YouTubeでの朝ヨガ、朝晩のストレッチが日課になっていて、体調は万全です。元気の元は何といっても可愛い孫と会うことと、2匹の愛犬と触れ合うこと。そして福山雅治さんのライブに行くこと(ライブ後の数日間は興奮状態になっています(笑))この3つの“推し活”からそれぞれ異なった刺激をいただき、常に幸せホルモン全
開です。
楽しいことはやる気や幸福感を得られます。女性会の行事を実施する時も、主催している私たちも笑顔が浮かび楽しめるような事業を開催していきたいと思います。皆様のご協力をよろしくお願いします。
■半田市広小路町151ー4
■営業時間 /18:30 ~9:30
■定休日/毎水曜日、 月2回木曜日
■TEL/0569212858
2026年2月27日(金)
出張写真撮影やSNS運用のサポート、広報代行などを行う『ままのて』は、日常の中にある大切な瞬間を、自然なかたちで残すことを大切にしています。写真が好きだった父の影響で、私も我が子や愛犬の姿を日々撮り続けてきました。Instagramに投稿していた写真を見た友人から、運動会や入学式などの撮影を頼まれたことが、この仕事を始めるきっかけです。
『ままのて』という名前には、母親としての視点を大切にしたいという想いを込めました。私自身、3歳から10歳までの4人の子どもを育てる中で、かしこまった写真よりも、その子らしい自然な姿を残したいと感じてきました。卒園式ではお気に入りの場所で遊ぶ姿を、入学式では大好きな鉄棒と一緒に撮影しました。「今、夢中になっていること」や「好き」が写る写真こそが、未来へ届ける最高の記録になると考えています。そうした自然体な写真をきっかけに、最近では「普通の選挙ポスターはイヤ
だから、あなたにお願いしたい」とお話をいただき、撮影からデザインまで担当する機会もありました。
お宮参りなどの撮影では、事前にご家族とお会いし、当日は着付けから参拝まで数時間をご一緒します。単なる撮影係ではなく、同じ時間を過ごす中で空気感を共有することが、そのご家族らしい表情を引き出す鍵だと感じています。母親としての感覚も活かしながら、お子さんの自然体や、その瞬間の「家族らしさ」を丁寧に残しています。
個人の方だけでなく、店舗や企業のSNS、LINE、Web発信に関するご相談も増えてきました。打ち合わせでは直接お会いし、その方の想いや価値観を丁寧に伺うことを大切にしています。飲食店では料理だけでなく作り手の姿を、不動産では物件だけでなくそこで働く人の表情も一緒に写すことで、「その事業らしさ」が伝わる写真になると考えています。
撮影の場では、主役はあくまでお客様です。私は空気に溶け込むように寄り添い、その人らしい自然な瞬間を引き出すことを心がけています。一方で、地域で活動する中で「顔を覚えてもらうこと」も大切だと感じ、親しみを持って声をかけていただけるよう、トレードマークのパーマヘアで自分らしさを表現しています。
2024年3月に創業したものの、創業当初は、胸を張って「事業を行っている」と言えるほどの自信はなく、手探りの中で事業を行っていました。そんな時にPTAのつながりを通じて、半田商工会議所の『はんだなごみ(和)サポート』をご紹介いただきました。2024年度に7名の採択者の一人として助成を受け、それを機に事業主の自覚も芽生え、自分の事業と改めて向き合い、これから何を届けていきたいのかを考える時間が増えました。周りのお母さんたちからの撮影依頼のお声がけも多くなり、支援をいただいたことで、仕事への責任感や意識が大きく変わりました。
支援を受けた後も、助成を受けた仲間との交流が続いています。月に一度、『pivot』で近況を報告し合い、情報交換を行う時間があります。同じように挑戦する仲間の存在に刺激をいただいています。また、商工会議所事業の『新入会員ウエルカム交流会』にも参加し、新たな出会いの機会をいただきました。地元半田で暮らしていながら知らなかった企業や人との繋がりが生まれ、地域の中で学び合える環境の心強さを実感しています。交流の場では、半田の地ビールを味わう機会もあり、地元の魅力を改めて身近に感じる時間となりました。
仕事を始めてから、「イキイキしているね」「楽しそうだね」と声をかけていただくことが増えました。私自身、事業を通して人と関わる機会が広がり、少しずつ自分の中の意識も変わってきたように感じています。子育ても、すべてを抱え込むのではなく、家族の協力を得ながら少し手を離して見守ることで、子どもたちの自主性が育ってきたと感じる場面が増えました。見守ることで、子どもたちが自分で挑戦する力を伸ばしていることを嬉しく思っています。
私は起業という形で社会と繋がる一歩を踏み出しましたが、10年間の専業主婦時代は社会との距離に悩む日々もありました。「今は子育ての時期」と自分に言い聞かせながら、資格取得や学びを重ねていましたが、やはり社会と関わりたい気持ちは消えませんでした。働きたいと思っても、すぐに保育の環境が整うわけではなく、乳児を育てながら仕事を探すのは容易ではありませんでした。生活リズムや家庭との両立を考えると選択肢は限られ、歯がゆさを感じながら過ごしていた時期もあります。
子育てをしながらも、自分らしい働き方を模索している方は多いのではないでしょうか。現在は、子育てをしながらでも安心して一歩を踏み出せる場づくりについても、仲間とともに少しずつ構想を進めています。写真や広報の仕事を通じて得た経験を活かしながら、これから挑戦したい方の背中をそっと支えられる取り組みも考えていきたいと思っています。
写真を通して大切な時間を未来へ残し、地域の中で人と想いをつなぐ存在でありたい。『ままのて』そんな想いとともに、これからも地域の中で歩んでいきます。
■ TEL/070-2032-5877