半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

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湯のぬくもりが、肌を潤し心を癒す。美味しい料理で至福のひと時を。

2022年10月27日(木)

株式会社まるはごんぎつねの湯

 創業昭和25年、名物ジャンボエビフライをはじめ、地元の獲れたて魚介類などの食事が楽しめる“まるは食堂 ”を営んでいる(株)まるはが、半田市平和町にある「ごんぎつねの湯」を事業継承したのは令和3年6月のことだった。
「ごんぎつねの湯」前オーナーと同社坂野社長が10年以上前から付き合いがあり、後継者を探していた前オーナーから声をかけられたことがきっかけとなった。温泉の泉質が同社本店のうめの湯と同類泉質であることなど、様々な縁から事業継承に至った。
「ごんぎつねの湯」は平成9年に開店、源泉掛け流し露天風呂がある県内有数の高温天然温泉だ。継承後は、これまでのいいところは残しつつ、時代に合わせた形で常にアップデートを考えている。そのひとつが食堂のリニューアルだった。今年4月27日に食事処を“まるは食堂”としてリニューアルオープンしており、温泉とまるは食堂名物の食事が一緒に楽しめる。特製出汁のごんぎつねうどんなど、ほかの店舗では味わえない、まるはごんぎつねの湯オリジナルメニューも多数用意されている。温泉で心と体がリラックスしたあとは、ぜひ食堂でおなかも満たしてほしい。
他にも、夏期には時間限定で温泉の内風呂を巨大水風呂に変身させるなど、新しい企画にも挑戦。実は企画段階での社内反応はイマイチだったそうだが、いざやってみると多くのお客様にご利用いただき大好評だった。今後は、日帰り温泉バス送迎プランや、団体宴会等も猛威を振るうコロナと闘いながら、積極的に打ち出していきたいと支配人の中村氏は語った。
今回お話しを伺った支配人の中村氏は、生まれは名古屋市だが、両親は知多半島の出身という事もあり幼少の頃より知多半島各所にはゆかりがあった。支配人の任に就いた今となってはとても縁を感じている。お客様の目に見えない、聞こえないご要望を汲み取り、表現したり形にしたりすることを大切にしながら、何事も経営理念からブレずに取り組むことも気を付けている。スタッフもプライベートが充実できるよう、仕事とメリハリのある環境づくりを心掛けている。中村氏自身もプライベートは家で過ごすよりも、事前に何をするか、何処に行くか、どう過ごすか決めるのが好きで、美味しい食べ物や綺麗な景色を見たり、温泉巡りやBBQをしたりなど、とてもアクティブだ。一人で楽しむよりも家族や友人と一緒に楽しんでいる時が一番嬉しいとのこと。そういった性格もあり、些細な事から大掛かりな事案まで、仲間と一緒になって進めて行くときに<楽しい>を追求し、時にはつらい時も最後は笑顔で終われる瞬間を目指して取り組んでいる。仲間と共に創りあげていく様々なサービスに対し、お客様や関わる全ての方々が目の前で喜んでいる姿を見たり、時には言葉で返ってくる瞬間にとても喜びを感じる、と話された。
 来春には、露天風呂やサウナを始めとした温泉の修繕と大規模な改装を行う予定だ。他にも BBQ場を新設し、より幅広い世代にご利用頂けるよう施設展開を構想中。地元のお客様を中心に知多半島へ観光のお客様にも喜んで頂けるお店作りを常に目指している。これからの展開にもまだまだ目が離せない。日々の疲れを癒すだけでなく、休日の楽しみとしても、ぜひ「まるはごんぎつねの湯」を訪れてほしい。(取材:濱島千尋)



先を見て、有言実行

2022年10月27日(木)

愛知海運株式会社 執行役員 半田支店長 衣浦物流株式会社 代表取締役社長 浅井 吉文氏

高校の頃『航海士はカッコいい』と夢みていたが、その手の『学校には力及ばず』同じ系統で海がすぐ裏にある大学に入学した。在学中はカッター(端艇)部に所属し、その思い出は色濃く脳裏に残っていると言う。卒業後は食品会社に就職するも水が合わず、海に関係する同社に入社し海運業への関わりがスタートした。
 最初に配属されたのは『海』でなはく『空』航空課に配属。航空貨物の海外輸出入業務を担当。航空輸送は海上輸送より早いためその手続きも船に比べ簡易化されている。その為入社直後に貿易実務を覚えるには広く浅く覚える事が出来、現在もこの経験は役に立っている。その後は半田支店と本社営業部門・東京支店勤務・事業戦略室等を経て現在の半田支店は3度目の着任となる。(衣浦物流(株)社長就任は平成29年)氏曰く組織の形成において参考にしているのが新選組だそう。組織のトップ(1番手)は夢を語り、その夢を具体的な行動で叶えるのが組織の2番手である。愛知海運では社長の夢を半田支店の支店長として実現する2番手。衣浦物流では1番手として社員に夢を語る。役職でその人が偉いのではなく、その役職の役割をどこまで演じる事が出来たか?その中で自分の満足する結果がどこまで出せるか?が仕事の満足度につながるいい組織と氏は考えているようだ。
 支店長としてまたは社長として行うべき課題は、意欲をもった社員を育成する事が一番の役割と思う。その為、指示命令は発信するが、『できる方法を考える』に重きを置き『トップダウン』という言葉よりは、愛知海運の社是である『考える』を大切にしている。
スタッフにお願いした仕事が100点に満たないと『何で出来へんのやー』と腹も立つが、本人が考え抜いて行動した結果なら70点でヨシとする。残りの30点は勉強代。人から言われた仕事で満足いかない結果だった場合、その指示した人のせいにしてしまう。自ら考えて行動した失敗は何が間違って何が足らなかったのか?自身がよくその原因をわかっているから次の行動につながる。指示通り指示待ちよりモチベーションUPにつながると考える。
 氏は管理者・経営者がどうあるべきか熱く語るが、三つ子の魂百までとあるように、最初に入社した食品会社から現在に至るまで、『どの立場でも一営業マンでありたい』が本音のよう。氏は愛知海運に入社時から自身の目標を定め行動したとの事。①まずは身近な先輩に追いつき追い越す。②次には新しい事業の創造(西尾市の鋳物工業から排出される廃鋳物砂のリサイクル事業 蒲郡支店に集荷・分別後セメント会社へ海上輸送の立ち上げ)③過去の先輩達が作ってくれて今の売上を追い越す売上上位3社に入るような売上の獲得。これは、半田市の協力を得て、日本最大のバイオマス発電所『サミット半田パワー』『CEPO半田バイオマス発電所』の立ち上げに関わる事で次々に自身の目標をクリアーしてきた。このバイオマス発電所の立ち上げは次の新しい物流につながる。(後述)
 氏の営業に関する考え方は少し変わっている。モノを売る側買う側はあくまで対等で「お客様は神様です」という考えを持ちあわせていない。代わりに熱意と相手に対する敬意を払いながら、時にはお客様とぶつかり合っても真剣に向き合い、出来る最高のサービスの着地点をお客様と話し合う。若い頃半田支店の大手顧客とも料金交渉でかなりやり合ったようだが、その部長が大手商社に転職された10年後に『浅井ちゃん相談がある』と声をかけてくださったのが、バイオマス発電所の立ち上げ案件だった。若い頃から目の前の仕事にプライドを持ち、口先だけでなく真剣にお客様と接した結果が信頼となり次の大きな案件につながったと氏は考えている。
 港湾業界は許認可制(現在は承認制)の免許でそのサービスの提供が法律でさだめられている為、他社との差別化が図りにくい業界である。貨物の保管場所や設備・技能職の人数などによって成果や収益が決まってくる装置産業に近い要素をもっている。その為『愛知海運には武器がない』と言われる事が悔しくて次の目標になった。
装置産業ではなく他社が真似できない新しい物流を生み出すその糸口はやはりお客様が不安に思っている所にあった。FIT制定後バイオマス燃料が脚光を浴び、日本の各所でバイオマス発電所が建設される事となったが、燃料の輸入国は主にマレーシア・インドネシアの東南アジアであった。現地では今まで産廃扱いとされる貨物であった為、その品質・安定した数量の確保に対して信頼がなかった。発電所は安定した貨物(燃料)の確保が優先で、発電を止めない事が重要視している。ここで新しい物流『AIL』が生まれた。『AIL』はマレーシアに拠点を構え、貨物の品質や数量の確保を現地ヤードまで行って確認、その現地情報をネット上でお客様に瞬時に提供。貨物の状況によって船を配船しお客様までお届けする一貫輸送サービスで船の滞船量や船積み数量不足などを回避することによる全体のコストミニマイズ及び安定した数量を発電所にお届けするシステム(Aikai Integrated.Logistics)の提供開始に至った。お客様優先の物流を主軸とした現地から一貫した管理システムは業界で高い評価を受けている。
 氏は新しい事業を立ち上げる事が多かったが、氏曰く「新しい事業を興すときには、時代が必要とし時代が後押ししてくれたからうまくいきました。極端な事を言えば”今”にはあまり興味がなく5年後10年先のゼロから組み立てた事業が自分をワクワクさせてくれます。年齢的にカウントダウンに入ってきましたが、もう一つ形にしたいと思っています。ネタはありますが一つ立ち上げるには長い時間を要しますので間に合うか心配です」
 氏は有言実行を信条とし、「誰もが想像しないようなことを語る方が楽しい(笑)」そのために今日も社是、「考える」を実践しつづけているとの事。

●ちょっと一息●
 『AIL』を世界で通用するシステムにしたいと思い、人気ハンティングアクションゲーム『モンスターハンター』シリーズ内に登場する『AIROUアイルー』をイメージキャラクターとして起用し、株式会社カプコンと私用許諾契約を締結しました。AIROUはモンスターを狩猟するハンターを助ける仲間(オトモ)です。私達物流会社もお客様あってのサービス業でコンセプトは一緒、名前も『AIL』と『AIROU』と同じです。私自身がモンスターハンターのヘビーユーザーで、息子とネットを通して一緒に狩りを楽しんでいます。あわせて54歳で大型バイクの免許を取得し、今年のゴールデンウィークには愛車ハーレーとともに、富山から新潟・山形・秋田・青森・津軽からの函館と2週間の気ままな一人旅を楽しみました。今年中に四国一周か九州一周の旅を計画中。まだまだアオハル満喫中のやんちゃなジジイを目指しています。

1965年名古屋市生まれ。知立で育ち、87年三重大学水産学部卒業。食品会社を経て、90年同社入社。航空課、半田支店、本社等を経て2021年現職。名古屋市在住。当所議員。



健康は自分自身で守るもの

2022年10月27日(木)

知多クリニック 院長 野村 彩さん


 休日でも患者さんから救いを求める連絡があれば診に行っていた父、そんな姿を見て「求められる仕事はやりがいがある」と医師になると決めたのは高校生の頃でした。最初は腎臓内科医の道を考えましたが、結局は尊敬する父と同じ消化器内科医を専攻し、最初の研修先は豊橋市民病院でした。
 この病院は患者さんも多く、日付を越えての仕事は当たり前という激務で、緊急患者さんの受け入れ、診察する領域も広く、『先ずはやってみろ!』と背中を押してくださる恩師との出会い等、多様な経験が今の私の基礎となっています。全く知らない土地でしたが、多くの同期の仲間と切磋琢磨したことも支えになりました。その後名大医局の所属医師として半田病院、名大病院、西知多総合病院に勤務しました。地域性、規模、専門医の有無等によって仕事の仕方も異なっていましたが、どの病院も学びの場として、有意義な時間を過ごさせていただきました。
 医師の場合、医大卒業後に暫く働き、その後に働きながら大学院に行く場合が多く、私も肝臓分野の勉強をしようと、名大大学院に入学しました。そこでの体験から研究医より、患者さんと実際に向き合う臨床医が私に向いていると改めて感じました。また、大学病院では高度な治療は行えますが、そこでの治療が終了すればかかりつけ医へ戻る方がほとんどであり、その後患者さんがどうなったかわからないことも多かったです。開業医のほうが治療の前後を含め長いスパンで患者さんと関わることができ、そういった関わり方のほうが自分に合っていると思い実家のクリニックを継ぐことを決心しました。
 父の元に戻って4年半ほど過ぎ、クリニックの新築開院に合わせて今年の4月から院長として、理事長の父と一緒に働いています。木の温もりやその土地の持つ特徴を大切にされている設計士さんとの出会いで、院内には半田のまちを代表する山車・赤レンガの仕様があちこちに施され、大きな屋根は山車の連なりと波をイメージしています。
 外来診療(内科、消化器内科、脳神経外科)と予防医学(人間ドック・健康診断)を2本柱とし、丁寧な時間をかけての診察、心配りや優しさ、常に患者さんの立場に立った対応を心掛けています。適切な治療やサービスをご提案する時には、その患者さんの背景を知る必要が時としてあります。そういう時には診察しながら、その患者さんとのお話をする時間を大切にしています。この仕事は、人とお話をするのが好きな方が向いている職種と感じています。私には、適職ではないかと思っています。
 以前から病気をいち早く見つけて、治療につなげていく予防医学に力を入れてきました。定期的な健診は自分の体を知る上でとても重要であり、健康は自分自身で守るものです。健診後のフォローをきっちりできる。これは健診のみではなく外来診療もしている当クリニックならでは強みであり、経過観察も大切にしています。当院の専門である消化器内科分野では、内視鏡検査は「苦しいからやりたくない」と言われる方もいらっしゃいますが、苦痛の少ない鼻からのカメラや、眠りながらの大腸検査など、負担の少ない方法が
あります。また、乳房検査(マンモグラフィー、乳腺エコー)は、当院では女性技師が行っておりますので、安心して検査を受けていただけます。また、開放的な空間で気持ちよく過ごしていただけたら嬉しいですね。
 専門分野に特化するか、身体全般に対応していくか。医院の在り方は二極化していく傾向にあるように感じています。若いうちは病に応じて専門の医師に診てもらうのも、その一つでしょうが、年を重ねる毎に、いくつもの医院にかかることは難しくなっていくのが現実ではないでしょうか。地域医療にかかわるものとして、専門のみではなく身体全般を診ることの出来る医師になりたいと思っています。女性医師としても、女性特有の不調や病にも対応できるように学び続けていきたいと思っています。
 「院長」として少しずつ余裕が出てきましたが、無我夢中で毎日を過ごしています。2歳の息子のお世話は母に任せっきりで、息子の引き止める声に後ろ髪を引かれる思いで、仕事に向かうこともあります。夫が院内の総務、経理等を担当してくれていますので、仕事に専念できる体制づくりがスタートしました。両親がやってきたことを私たちがゆっくり引き継いでいる形です。これからも勉強していくことばかりですが、夫が一緒にやってくれるというのは大きな安心感です。仕事上、早く切り上げることもできる夫が晩御飯を作ったり息子の面倒をみてくれたり、本当に感謝です。
 産婦人科医だった祖父から父、そして私へとバトンが渡され、医院としての形態は、少しずつ変化しています。でもその精神は変わらず、私たちは患者さんに近いかかりつけ医です。どんなことでもお気軽にご相談ください。

■半田市本町7-20  
■診療時間 9:00~12:00 16:00~19:00

脳神経外科(予約制9:00〜12:00のみ)
 
■休診日 土曜午後・日祝日 
■TEL.21-0052(診療部門) TEL.22ー3231(健診部門)  



私たちが私たちのロールモデルとなる!!

2022年9月28日(水)

リコージャパン株式会社愛知支社 知多事業所 金井 百合子さん・森 愛弓美さん 

金井 当社は全国に拠点を置き、リコー製品の国内販売を担い、複合機販売中心のオフィスプリンティング事業から、サービスを主
軸としたオフィスサービス事業へシフトを進めています。知多事業所は保守部門(サービスステーション)と営業部門があり、私は入社
以来、ここで営業業務を担当しています。リコーで働いている友人に『いい会社だよ』と勧められて入ったのですが、アットホームな
雰囲気で働きやすくて、気がつけば30年近く在籍しています(笑)。
森 私も知らないうちに(笑)、20年近く働いています。半田市生まれ、阿久比町育ちの私は、知多事業所があるからと入社しましたが、最初の配属先は三河安城営業所でした。今はソリューション営業部に所属し、お客様のシステム構築やソフトウェア製品の導入にあたり、ICT製品やサービス、業種業務アプリケーションに関わる専門知識を活用し、提案、プレゼンテーションから受注にいたるまで、一連の販売プロセスを担っています。私の担当は名南・名西・知多事業所です。毎日飛び回っていて、事務仕事は苦手、動くことが好きな私にはピッタリとやりがいを感じながら仕事をしています。現職について1年近くになりますが、反省ばかりの毎日です。今までは自分の感覚で動けてきたのですが、メンバーに対し、課題解決に向けて筋道を立てて伝えることの難しさを感じ、自分の力のなさが悔しくて、泣いたこともあります。2回ほどですが(笑)。
金井 愛知支社の男女比は9:1くらいで、男性が圧倒的に多い職場で、そのせいかサバサバした女性が多いですね。職域も性別の垣
根が低くなってきて、女性が活躍しているサービスステーションもあります。森さんは愛知支社のソリューション営業部で初めての女性管理職ですので、私も同僚として応援しています。
森 最初は自信がなくて断ろうかなと思ったんですが、上司から「今までと同じことをやればいいんだよ」と言われて、働く女性のロールモデルになれれば嬉しい、と思ってお引き受けしました。
金井 女性が働き続ける環境がリコージャパンには整っていて、育児休業後の復帰支援など、恵まれていると感じます。戻って来ることのできる場所があるという安心感は大きいでしょうね。それに生活に合わせて時短勤務もできます。私の時代は、仕事と子育ての両立に苦労しましたが、今の子育て世代にはとても働きやすい職場だと思います。
森 女性の育休は当たり前、男性も育休を取るケースも増えてきて、とてもいい傾向だと思っています。ただ職域が広くなった分、女性
も等しく幅広い知識が求められ、毎日が勉強と思っています。
金井 職種からでしょうか、私は定時になったら帰宅できる環境にいるのは有難いことです。プライベートは大切にしていて、森さんとは一緒に旅行やゴルフに行って楽しんでいます。
森 2017年に長く働きたい女性が働き続けられる環境を作ろうと『女性活躍推進PGあいちしゃちほ娘(こ)』が愛知支社で発足しました。各部署から女性社員が参加し、8名の仲間でスタートしました(現在17名)。その発足メンバーとして金井さんと出会い、仲良くさせてもらっています。優しくて頼れるお姉さんです。
金井 しゃちほ娘の社内活動としては、メンバーが講師となって『仕事を見直し隊』や、自ら率先して動くクセ付けをしようと『言い出しっぺ作戦』、社会貢献活動としては『ヘアドネーション参画』『介助犬支援』など、いろいろ取り組んでいます。
森 発足して2年後にはあいちしゃちほ娘とパートナー企業、賛同いただいたお客様が協力しあい『WAC(Woman Activity Consortium)ワック 以下WAC』というバーチャル組織を作り、愛知県の企業を女性の力で元気にしていこう!と活動が始まりました。女性視点で企画・運営したWAC発足記念イベントでは、「防災介護食」、「Caféでお仕事 どこでもオフィス」などのブースを展開し、イベントを通じて多くのお客様と繋がることができました。
金井 その後『あいち女性の活躍プロモーションリーダー』企業として認定され、大村県知事から委嘱状をいただきました。『WAC』は愛知県の女性活躍を牽引する存在を目指しています。
森 男性向けのイベントも企画していますが、部署や世代を越えて一緒に活動することはとても楽しいことです。誰もが企業でイキイキ
と働き続けられるための取り組みを共有し、私たちが私たちのロールモデルとなる!ことを目指して活動していきたいと思っています。

リコージャパン株式会社愛知支社 知多事業所
マーケティング本部 愛知支社 業務1グループ 知多事業所
金井 百合子さん

マーケティング本部 愛知支社 
ソリューション営業部 名南ソリューショングループ リーダー
森 愛弓美さん 

■ 半田市宮本町3-217−21 セントラルビル3階    
■TEL25ー0678  ■https://www.ricoh.jp




地域の発展あってこそ!

2022年9月28日(水)

株式会社三菱UFJ銀行 半田支店 支店長 林 義人氏

『家から通えること』という両親の要望に『長男の務め』と、大学も就職先も考慮し、関東地区勤務限定コースを設けていた東海銀行に入行した。5年後の合併により、同コース消滅のため総合職に転換、以後全国転勤可となり、2007年初めて愛知県勤務となった。
 「入行して25年、人事部での2年間以外は営業一筋。さまざまな地域で個人から大企業まで営業を経験、愛知県と名古屋市の指定金融機関の役割を担う東海公務部では次長として、まちづくり、地域の再開発等にも関わらせていただきました。名古屋駅前・栄地区の再開発、『2026年アジア競技大会』、2027年開通予定の『リニア中央新幹線』などのプロジェクトに携わった経験は、ものの見方や考え方、地域との関わり方を学んだ時期であり、貴重な経験をさせていただきました」
 現職に就いて1年半ほど。支店長一年生として地域との関わり、部下との接し方を試行錯誤しながらの日々だった。最終決定権を持つ今、今までの経験に照らし合わせながら、かつての上司ならどう判断をしてきたのかと思い起こし、慎重かつ素早い判断を心がけてきた。
 「最終的にそのリスクを負うことができることが判断基準であり、責任を取ることが役職者の仕事です。部下には伸び伸びと仕事をしてもらいたい。どうしたら働きやすいか、常に考えています。コミュニケーションを図るのもその一つと、今年から上司と部下が1対1で行う面談『1on1』ミーティングを採用しました。仕事に対してのストレス軽減、問題解決のために上司が助言するシステムですが、あえて仕事の話はせずにコミュニケーション強化を目的にしています。時には『支店長の趣味は何ですか?』『年収は?』というようなことも聞かれますが
(笑)、コミュニケーションを密にすることは信頼につながると、聞かれたことには全て答えています」
 企業としては常に成果が求められるが、目的達成のために部下を鼓舞するタイプではないと自己分析する。それは自身の経験から体得し、銀行員として貫いてきた姿勢の現れである。一勤務地3~5年の間には自ら提案をして、成約は後任に任せることも多々あったようだ。
 「結果が全てではなく、評価はお客様がされるものだと考えてきました。『あの担当者で良かった』『本当にお世話になりました』という声は必ず後から聞こえてきます。先輩たちがそういう記憶を残し、当行の礎を築いてきました。部下には記録より、記憶に残る担当者であれと常々言っています。私もお客様の役に立つことを最優先に考えてきました。だから、若い時には目標を達成できなかった苦い経験も多数あります。しかし、諸先輩たちや周りの人に恵まれ運が良かったですね。何よりもこの役職をいただいたことが強運の現れだと実感しています。
実は私は就活解禁日以後に面接を受けて入行しました(当時はそれ以前に内定をもらっているのが普通だった)。いわば補欠入行ですね(笑)。補欠でも頑張れば、こういったポジションに就くことができる。私が生きた教材となって、この点は部下を鼓舞しています(笑)」
 2度の銀行合併を経験し、不安と暗中模索の中、途中で投げ出すのは本意でない、お客様の役に立つためにやるしかない!『成せばなる』『ピンチはチャンス』と歯を食いしばり、その言葉を支えにしてきた。特に半田に来てからは地域の発展があってこそ、金融機関も発展するとの思いが強くなり、地域団体の役職を努め、社会貢献、地域貢献に注力した。支店の従業員が会社の制度を活用して、新美南吉生誕110周年記念事業、子ども食堂、半田市民管弦楽団など、10団体(今年度は15団体予定)に寄付金を贈り、そこで一緒に体を動かし汗
を流す。
 「管弦楽団にお邪魔した時は、大学の吹奏楽団でチューバを担当していたことを懐かしく思い出し、思わず一緒に練習したいと思ってしまいました(笑)。かつての東海銀行は地域と積極的に関わり、お客様との距離も近かったことを私自身も経験しています。合併によって社名も変わり、地域との接点が薄れてきたように感じています。もう一度、あの頃のように地域の中に溶け込み、深く関わっていこうと思っています。今、この立場だからこそ、それができると考えています。まずは、
色々な所に顔を出すことから始めています」
 『好奇心旺盛』な性格から新しいことに挑戦しながら、地域がより発展することを願って動く。地域の発展が仕事へのやりがいにつながり、モチベーションになる。銀行員としての一つの姿がここにある。

●ちょっと一息● 

知多半島全域の全法人取引先、ほとんどの個人取引先を半田支店で担当しているため、日中は出歩いていることが多いです。日々お話をお聞きしながら経営、地域のことなどを勉強させていただいています。先日の『第九回はんだ山車まつり実行委員会設立総会』に半田金融協会会長の立場で出席させていただきました。私も地元でお神輿を担い
でいましたが、地域への愛情がなければ、このような祭りは出来ない、半田の方たちの地域愛に感動しました。
 仕事と生活はキッチリ切り替えています。退勤時、会社を出たら何の対処もできないので仕事のことは考えないようにしています。起床した時はこれからは何とでも動ける、仕事モード全開です。オフは家族と楽しむことを大切にし、基本は家族単位で行動しています。妻と私の誕生日は3人の子どもたちが祝ってくれて、感謝の言葉が書かれた色紙をもらいました。気恥ずかしい気もしますが、もらうと嬉しいものですね。子どもに教えるつもりで始めた野菜作り、子どもは興味を示さず、いつの間にか家庭菜園は私の趣味になりました。

1975年東京都江戸川区生まれ。97年千葉大学法経学部経済学科卒業。同年(株)東海銀行入行、新中野支店に配属。新宿新都心、板橋支店、2007年柳橋支店(名古屋市)に転勤。名古屋営業本部、春日井支店、東海公務部、人事部(東京)を経て、21年現職。半田ロータリークラブ会員。半田防犯協会連合会副会長。名古屋市在住。当所常議員・地域力創造委員会副委員長。