

2026年7月31日(金)
私たちはステンレスやアルミニウムなどの金属を切ったり曲げたり溶接で引っ付けたりして様々な作品を製造しています。芸術家ではありませんが、美しい製品づくりを目指しています。その原点はレーシングマシンです。機能を追求し、ムダを削ぎ落とした結果として宿る機能美。以前鈴鹿8時間耐久レースにメカニックとして参加したとき、マシンの美しさのみならず、そこに集まった全員が0.1秒を切り詰めるために惜しみない努力を重ねる、そんな姿にもとても美しさを感じました。これこそが当社の合言葉である「機能美100%」です。
現在、私たちはこの高い技術力を活かし、『モノづくり現場のための救急救命隊』としての使命を果たしています。色々なところで断られ、「このままだと会社の命に関わる」と絶望しているお客様のピンチを救う最後の砦です。
かつては「今でもいっぱいいっぱいなのに特急なんて無理です!」と社員に猛反対されました。しかし、私の尊敬する救急医療の現場と同じで、「助ける側(社員)が疲弊しては、次の命(仕事)は救えない」。だからこそ、私たちは徹底的な仕組み化を図っています。17時までに持ち込んでいただければ最速19時にお渡しできる超特急体制を、現場が自律して回せる土壌が、いままさに形になっています。美しい製品には、使い勝手の良さや強度の安定、後工程が楽になるなどの明確なメリットがあります。条件が異なってもその美しさを維持できること自体が、私たちの技術力の証明です。
昨今、「図面通りに作ってください」という要求は時代と共に難度を増しています。設計先行で実現性の低い図面が提出されることも少なくありません。だからこそ当社の出番です。私たちは「図面から、それが実際に使われる現場の状況や状態を想像する力(翻訳力)」を持っています。図面の行間を読み、最適な形状をこちらから提案する姿勢が評価され、国内の名だたる企業や、4年前からはJAXA(宇宙航空研究開発機構)からもご相談をいただくようになりました。民間人が宇宙により安全に行くための燃料燃焼実験装置づくりに関わっていることは、私たちの大きな誇りです。
AIやロボットが主流の現在ですが、私たちは全面的にデジタル化をするのではなく、アナログな職人の「感性」と手作業を大切にしています。万が一、当社での製作が難しい場合でも、「あそこの会社なら最適な機械や技術があるよ」と紹介できる『ハブ(地域の総合病院)』としての機能を担うことで、ライバル社とも切磋琢磨しながら共に成長したいと考えています。
1990年の創業から36年。手のひらサイズから6メートルクラスの大型な精密製缶・板金、あらゆる材質に対応する職人による美しい溶接。そして、自分たちで何とかしようという土壌が醸成された最強のチーム力。私たちはこれからも、社員が元気で愉しく仕事に携わることができる職場環境(健康経営優良法人認定)を守りながら、日本のモノづくりを止めない最後の砦として走り続けます。
2人でスタートした当社も現在は30名、その3割が女性です(あいち女性輝きカンパニー認証)。私たちは「働き方の常識」にも縛られません。現場や事務所だけでなく、国内外の優秀な在宅ワーカーとワンチームで動いています。メンバーは岐阜、富山、石川、茨城、さらにはスペインやベトナムと世界中に広がっています。特にスペインとは時差を活かし、彼女らが現地時間で仕上げた図面や見積もりが日本の朝一番に届く仕組みを構築しました。この24時間体制のバックアップがあるからこそ、私たちは現場を疲弊させずに、圧倒的なスピードで救命活動(特急加工)に取り組めるのです。最近では採用専門の担当者も加わり、Webを駆使した先進的な組織づくりへの挑戦を続けています。ただ、私が新しい提案をすると、大体現場の社員からまずは反対されるのですが、それも楽しみの1つとして受け止めています。
また、モノづくりの愉しさを次世代に繋ぐため、半田商工会議所主催の『はんだオープンファクトリー』には初回から参加しています。子どもたちが私たちの作業手順をそのまま体験し、材料が形になっていく様子に目を輝かせる姿は、私たちの原動力です。仕事しているときに「ワーッ!」という歓声や拍手をもらえるなんて体験できないですからね!今年はどんな感動を届けようか、いまから知恵を絞っています。ぜひ、藤工業所の「機能美」を体感しに遊びにきて、そして私たちにも感動をください。(10月16・17日開催)
私たちは、モノづくりに対する「姿勢」そのものを常に追求しています。その一つの答えが、昨年体験し、今年はスタッフとしても参加した日本古来の製鉄方法『たたら製鉄』にありました。釜に炭を入れ砂鉄を撒くという一見単純な作業です。この単純な作業なのになぜか毎回出来映えに違いが出来るのです。単純故にその違いを生み出すために、炭や砂鉄の入れ方、火の色・音・熱さに常に気を配ります。20分ごとに炭を投入したあとは釜の周りを徹底的に綺麗に掃除する。そうした心を込めた丁寧な手作業の積み重ねが、仕上がりに決定的な違いを生みます。効率化ばかりが重視される現代ですが、効率を超えた「非効率の中にある真の価値」を、私はそこで改めて体感しました。そこから生まれる鉄の美しさは唯一無二です。
『神は細部に宿る』という言葉通り、見えないような細かい箇所にまで気配りをし、想いを込めることで、誰の目にも明らかな「美しい製品(機能美)」が完成します。アニメ『鬼滅の刃』に、刀鍛冶の鋼鐵塚蛍(はがねづかほたる)が、鬼に囲まれて命の危険が迫っていても一心不乱に刀を研ぎ続ける名シーンがあります。あの『職人の執念』と『究極の集中力』こそが、モノづくりの真髄です。私を含めた当社の職人たちも、そうありたいと日々精進しています。
私たちは単に部品を作る会社ではありません。一度途絶えかけた日本古来の製鉄技術を復活させるお手伝いも含め、先人たちから受け継いだ「日本のモノづくりの魂」を次世代へ繋ぐこと。伝統的な技法を活かして最先端の技術に役立てる。それこそが、藤工業所がこの世に存在する意義であり、私の生涯をかけたライフワークです。
■ 半田市古浜町11
■ 営業時間/8:00~17:00(月~金)
■ TEL/0569-24-3422
2026年7月6日(月)
LINE ARROWは「日常に輝く道しるべ」をコンセプトに、世の中に潜む美しい形や風景を切り取り、小さく精巧なシルバーアクセサリーへと仕立てています。シンプルでありながら洗練されたデザインは、性別年齢を問わずたくさんの方にご好評いただいております。そんなブランドが生まれたのはつい去年の夏のこと。人生のターニングポイントでした。ものづくりが昔から好きだったことから自動車部品メーカーの技術職に就職。当時アクセサリーは全く興味はなく、
休日は暇さえあればバイクでツーリングやキャンプをする日々。長期休暇には北海道や九州へもバイクで行ってしまうような技術者兼旅人でした。
そんなある日、親から「最近はアクセサリーも3Dプリンターみたいな工作機械を使った製造が広まってきている」と聞き、興味本位で調べてみました。ただ当時の自分の機械と技術では主流の製造方法はできず諦めました…で終わらないのが技術者の性で、勤め先の自動車製造技術と当時趣味で始めた3Dプリンターを活用したところ、本当にシルバーアクセサリーができてしまいました。画面の中のものがシルバーアクセサリーとして実体化できた感動に胸がときめきました。その時初めて作ったシルバーアクセサリーは、大分を旅した時に鍾乳洞で見かけたダイビングの道具を元にアレンジしたデザインでした。三角形の輪郭で、ロープを通して出口を指し示す道具で「LINE ARROW」という名前だそうです。自分の作るシルバーアクセサリーも人に輝く方向を示す道しるべになるようにと意味を込め、この道具を屋号とシンボルマークとして活動しようと決めました。
趣味で製作していくうちに、自分の中で完結させず、もっとファッションが好きな人に着けてもらいたいと夢見るようになりましたが、仕事との両立は現実的ではありませんでした。そこで技術者に戻れる命綱として国家資格を取得後退社し、思い切って宝飾業界へ飛び込むことにしました。学生の時、親の反対を押し切ってヒッチハイクを敢行したり無断でバイクを購入したりと、興味を示すものに対しての決断と行動力は、人一倍の自分にとってこの決断も迷いはありませんでした。
技術者から転身するきっかけは他にもいくつかありましたがその中の一つが起業支援を行う公共施設コココリンの設立でした。当時ものづくり以外素人だったため、起業相談やセミナーを通して事業に必要な情報収集に活用させていただきました。また同施設で委託販売もさせていただき、商品のラインナップや見せ方を実践的に学ばせていただきました。その成果もあってか、初めてのマルシェ出店は小雨だったにもかかわらず、たくさんの方がお店に足を運び作品を選んでくださいました。誰も来なかったらどうしようと最初は不安でしたが、お客様の耳元や首元で輝く作品とお客様の嬉しそうな表情を見て、初めて自分の活動が誰かのためになったと救われた気持ちになりました。
地道な活動の甲斐もあり、リピーターさんが時々差し入れをくださったり、学生時代の同級生や後輩が遊びに来てくれたりと、少しずつお店を中心にコミュニケーションが生まれ始めています。作品製作が孤独との闘いなだけに、イベントでのそういった励ましや優しさが心に染みます。
作品は世の中に潜む“美しい”形や風景を題材にしています。登山の時に眺めた北アルプスの山並み、きれいな線を引く万年筆、水族館で優雅に泳ぐマンタ。その感性に刺さった物体の「美しさ」の正体って何なんだろう?という問いに対してピクトグラムのように抽象化し銀一色で表現することで、整理された情報の中から自分なりの答えを導き出す。そして最終的にアクセサリーに仕立てることでお客様にもその「美しさ」が伝わるようにしています。
また技術者時代は1/1000㎜の寸法と戦っていたこともあり、シルバーアクセサリーでも同じように寸法や重量、重心を厳しく管理しています。マルシェなどでお客様の声をお聞きする中で分かったのですが、そういった当たり前だと思っていた品質管理が、実は精巧さや統一感といったブランドのこだわりとしてお客様に伝わり手に取っていただくきっかけになっていたようで、ものづくりの面白さをまた一つ知ることができました。そんな生活の軸が作家活動になり時間があれば作業したいという日々に、それまで毎週末乗っていたバイクに乗りたくても乗るのを許せない自分がいました。
どうすればバイクに乗るのを許せるだろうか…「そうだ、バイクに出店道具全部積んでしまおう」と普通の人はならないと思います。限られた積載量と重量増加によるバイク操作の難しさがありますし、何より前例がないことですが、日本をバイクで3周も旅した経験からか何となくできる自信があり、発想から1ヶ月で本当に実現させてしまいました。
今年の3月からバイク出店をスタートし、シルバーアクセサリーだけでなく、バイク目当ての方も来ていただけるようになりました。バイクが立派な客寄せパンダになってくれて、子どもたちからのかっこいい!の声は何だかヒーローになったみたいでうれしいですね。5月に京都の平安神宮の前で出店した際は海外の旅行者の方々にも絶賛いただけたのが想定外の喜びでした。
これからさらに本格的なジュエリーを作れるようになるため、今は作家活動をやりながら専門学校で宝飾品製作の基礎を学んでいます。さらにこの一年の活動の集大成として、7月初旬には全国からジュエリーブランドや作家が東京に集結する国内最大の宝飾イベント「JAPAN JEWELRY FES」への出店を予定しています。少し背伸びをして失敗することもあります。しかし日々の挑戦は、ブランドも私自身も確かな成長へと導いてくれています。お客様にこのブランドを選んでよかったと思っていただけるよう、妥協のない作品制作と精一杯のおもてなしと感謝を忘れずにこれからも精進してまいります。
そしてこの日常の輝きを全国へ届けられるよう、大好きな愛車とこれからまた日本各地を駆け巡ります。
■ mail:linearrow213@gmail.com
■ tel :090-3444-5500
2026年6月1日(月)
石垣などを積む『石積み』を祖父が始めたのは1946年。その後、父が墓石の加工・販売に業務転換して今に至ります。長男の私に「後を継ぐのか?」と聞かれ「やります!」と、その一言で私の人生は決まりました。大学を卒業後、石を卸す商社で石のあれこれを学び、葬儀や仏壇・墓石販売会社で営業マンとして修行し、25歳で当社に入社しました。
父は私のポストとなる、営業部を立ち上げ、2人の社員と手分けして知多半島全域を回る日々が始まりました。葬儀場や葬儀看板(その頃は喪主名、住所が記載されていました)から情報を得て、葬儀が終わって3日後くらいに、そこにお訪ねして墓石のカタログをお渡ししていました。20年ほど前は葬儀後に、仏壇屋や香典返しのためギフト屋さんが訪問することは当たり前の時代でしたが、玄関先の呼び鈴を押す時はドキドキでした。修業時代の先輩はお客様の気持ちを第一に考えていました。そこで学んだことが、私の営業の基礎になっています。「イメージ通りのお墓が出来た」と言われることや、お礼の手紙をいただくことは、嬉しくやりがいを感じる時です。
当社(本店)は墓地(市営北谷墓地)の近くにあり、亀崎・知北(東浦)支店も同様で「墓地の近くにあればお墓が必要になった時に気づいてもらえる」という父の考えです。また、父の代から日本で育ち産出された『国産墓石』を使用しています。風土に合うため耐久性も優れており、最後に入る所は日本の石で出来たお墓の方が安らぐだろうと仰る方もいらっしゃいます。存命中に子どもたちに負担をかけたくないと、自分や家族のためのお墓、寿陵墓(じゅりょうぼ)を建てられるケースは、近年増加傾向にあります(長寿や子孫繁栄を願う縁起の良いお墓とされます)。また、デザイン墓石とか洋碑と呼ばれている、欧米風の墓石も人気を集めています。石やデザインに懲り、刻む文字も『絆、心、空、ありがとう』など、その方の想いが込められています。墓石を作る機械の開発や研磨加工などに必要不可欠な技術力の向上によって、よりご希望に併せて作製することが可能です。当社は職人の手により、真心込めて丁寧な作業でお墓作りをしています。
お墓を取り巻く諸事情も変化し、当社の事業内容もお墓参り代行、お墓の掃除、墓石クリーニング・リフォーム、除草作業、防草施工など多様化しています。墓石を隅々まで知り尽くしたプロの手で作業しますので、お墓のことなら何でも安心してお任せください。5月9日からは、仏花の販売も始めています。また、5月30日から6月30日まで『墓石ご相談会』を開催します。お墓開きは祝い事と言います。お気軽にいらしてください(本誌、裏面広告をご覧ください)
『石に触れていただきたい』という想いで、『はんだふれあい産業まつり(所属する青年部ブースで子ども向けに実施)』の他、会議所主催の『はんだオープンファクトリー』、『HANDA NOBEL』で、お墓に文字を刻む技術を活かして、サンドブラストのワークショップを開催しました。当社では15センチ角の研磨した黒い石の板に砂を高速噴射し表面を削って洗浄・研磨・装飾して作品として完成させます。カッターを使用するため、小学校高学年以上のお子さんが対象となりますが、親子連れ、大人の方など多くの方々に参加いただきました。表札にされる方、オブジェとして家に飾られる方様々ですが、完成した作品を嬉しそうに抱えて持って帰られる姿を見ると、開催して良かったと思える瞬間です。これからも色々なイベントに参加し、多くの皆さんに石に触れて、石の魅力を体感していただきたいと願っています。
父が急逝して私が後を継いだのは29歳の時で、もう17年経ちました。お墓事情も時代に応じて様々な変化をしてきましたが、特に近年は激変しています。入社した20年ほど前には半田市近隣では市営墓地が足らなくて、抽選だった時もあったようで、『墓じまい』という言葉を聞く時代が到来するなんて想像も出来ませんでした。納骨をせず、手元に置いておきたいと仰る方もいらっしゃいます。その気持ちは分かりますが、お墓を建て納骨することは一つの区切りであり、新たに出発する時だと考えています。亡くなった方の居場所となり、残されたご家族が何年もお参りを続け、拠り所になるお墓を建てることに携わる仕事は私の誇りです。これからも葬祭墓石ディレクターとして、皆さんに喜んでいただけるようなお墓を建てていきたいと思います。
奥様の亜由美さん(取締役)
主人と義母と私、3人で仕事に携わり、主人は営業と墓石の設置、義母は経理全般、私は墓石や花立てに刻む花のデザインを担当しています。以前は蓮や菊が一般的でしたが、今は桜、鈴蘭、向日葵など、故人のお好きな花を要望される方が多くなってきました。私も提案させていただきながら、よりお客様のお気持ちに沿うよう努めています。
「介護生活は大変でした」「こんな辛かった思い出があるのよ」と故人とのお話しをされる方がいらっしゃいます。私は耳を傾けることしか出来ませんが、いつかそういうお話を、笑い話として語っていただける日が来ることをお祈りしながら、皆さんの想いが多く詰まったお墓になるようお手伝いをしています。
■ 半田市柊町2-66-1
■ 営業時間/9:00~17:00(全店)
■ 定休日/木曜日(知北支店のみ営業)
■ TEL/0569ー22ー2884㈲丸山石材店HP
2026年5月7日(木)
二人姉妹の妹として育ち、おやつはいつも亀崎饅頭でした。当店の看板商品である「亀崎饅頭」は、地元では「かめまん」の愛称で親しまれています。1818年(文政元年)から酒元饅頭の製法で作り続け、1890年(明治23年)、半田で開催された第1回陸海軍連合大演習に行幸された明治天皇に献上しました。当時としては大変名誉なことでありました。家庭のおやつとしても身近に親しまれるお菓子であり、時間をかけて炊き上げたこし餡はやさしい甘さに仕上げています。
大学に進学し、損害保険会社に就職。当時は、働き続けるならキャリアを積んでいこうと考えており、家業を継ぐことは考えていませんでした。当店は1689年(元禄2年)創業で、これからも当たり前に続いていくものだと、どこかで漠然と思っていました。転機となったのは、長年働いてくれている職人さんが怪我をされたこと、そして高齢となった父が一人で饅頭を作り続けていけるのかと不安に感じたことでした。その時、会社を辞めて跡を継ごうと決断しました。父は昔から、私の決めたことに口を出さない人です。一方で母は、「今までのキャリアを捨ててまで手伝わなくていい」と反対していました。それでも、今の私があるのはこの店があったからこそ。この店を守り続けていくことが私の使命だと決意しました。
会社を辞めるとき、後悔だけはしたくないと決めていました。しかし、尊敬していた上司から「会社としては残念だが、間瀬の人生を応援している」と声をかけていただいたときは、思わず涙があふれました。多くのことを教えていただいた感謝と申し訳なさと共に、いつか上司の耳に自分の取り組みが届くよう、精一杯頑張ろうと思いました。
昨年4月には愛知県菓子専門学校に入学し、日中は家業に携わりながら、夜は週3回通学する生活を送り、今年3月に卒業しました。洋菓子と和菓子の両方を学び、お菓子に関わるさまざまな立場の仲間の中で、級長としてクラスに関わりながら、切磋琢磨した充実の1年間でした。卒業時には成績2位の名古屋市長賞をいただくことができ、自信につながりました。
現在は父や従業員さんと共に伝統を守りながら、新しい商品づくりにも力を入れています。「わらび餅ドリンク」や餡子が苦手な上司からの一言をきっかけに考えた、若鮎の生地で胡桃とアーモンド入りの求肥を包んだ「折々」など、自分が食べたいと思うものを形にしながら試行錯誤しています。血の繋がった上司である父に対して、つい言いたいことを言ってしまい、感情をあらわにしてしまうこともあります。一方で、私がやりたいことに対して静観し「やってみればいい」と言ってくれる父の存在は、静かに支えてくれるとても心強い存在です。父に追いつき、そして追い越すことが、今の目標の一つです。接客はテキパキとしてタフな母が担っており、父とのバランスの良さを感じています。
私が店に入ってからは人手不足も少しずつ解消し、イベント出店の機会も増えてきました。2月に半田赤レンガ建物で開催された「HANDA NOBEL」では、所属している商工会議所青年部の仲間から「来たよ」と声をかけていただき、お買い求めいただけたことがとても嬉しく、励みになりました。4月には大府市のマルシェにも出店しました。これからは待っているだけでなく、自ら外に出て、身近な店として知っていただけるよう取り組んでいきたいと考えています。
家業に関わって1年半ほどですが、重い材料を運び、夏は暑く冬は寒い現場での体力勝負の日々です。学生時代はバレーボールを続けていたので、その点は自信があります。和菓子屋のイメージにとらわれず、新しい風を取り入れようと髪色も変えてみました。また、SDGsを意識し、残ってしまった商品を自分が食べ続ける動画をインスタグラムで発信していますので、ぜひご覧ください。
振り返れば、これまで多くの方に支えられてきました。地元の方々の集まりである「亀崎会」に参加しており、ゴルフを楽しみながら交流を深めています。父と同世代の方が多い中で、「継ぐことにしたんだね。応援するよ」と声をかけていただけたことは、とても嬉しかったです。趣味のゴルフも含め、第3木曜日を楽しみにしています。
また、跡取りや事業承継に関わる人が集まる「跡取会」にも参加しています。同じ立場の仲間と話すことで「もっと頑張ろう」と前向きな気持ちになれる、大切な場所です。いつも学ばせてもらうことが多いので、いつかは自分も与える側(GIVE)になりたいと考えています。4月にはコココリンの「100人カイギ」でお話しする機会もあり、自分の経験が少しでも役に立てていたら嬉しく思います。
前職で教わった「仕事は明るく楽しく、されど厳しく」「指先は自分自身に」といった言葉は、今も自分の軸となっています。前職でMYパーパス(人生の目的・使命)を考える時間があり、そのときは明確に答えられませんでしたが、今は「歴史を途絶えさせないこと」だと、自然とそう思えるようになりました。
この店を支えてくださったお客様がいたからこそ、今の私があります。亀崎に、半田市に、知多半島に興味を持つ人が増え、足を運んでいただけるよう、自分がそのきっかけの一つとなれるように、これからもこの伝統と味を守り続けていきたいです。
㈲紀伊國屋本店
■ 半田市亀崎町3-96
■ 営業時間/8:00~18:30
■ 定休日/木曜日
■ TEL/0569-28-0064
2026年3月31日(火)
長年、半田商工会議所の会員ですが、女性会はあまり知りませんでした。7年ほど前にお誘いを受けた時、メンバーはどなたも素晴らしい先輩方ばかりで『恐れ多い』と恐縮し、戸惑いました。でも主人が商店街活動などで刺激を受けている姿が羨ましく、店の中にいるだけでは世界が狭くなってしまう、とお仲間に入れていただこうと決心しました。
ファミリープラザマルアイとして、婦人服・貴金属・バッグ・健康生活の品々を扱ってる当店で日々接客をしている私は、当初はお店の忙しさにかまけて、そんなに熱心ではありませんでした。副委員長のお役をいただいた頃から、出席しないと周りに迷惑をかけてしまうと、意識が少しずつ変わっていきました。そして「体調不良の私の代わりに出席してください」と頼まれることが度重なると、「頼ってくださっている」と、新鮮な驚きを持つようになりました。それまでの人生、頼られることがあまりなかったので…。お願いすれば何でもやってくれる両親、兄に守られ、嫁いできても義理の父母、主人の下で穏やかに生活してきました。女性会で初めて『頼っていただいている』ことを感じた時に、自分の人生で『頼られることもあるなんて』と不思議な感覚でした。今は強くなって(笑)、接客、仕入れを担当し、頼られる側の人になったのかしらと思っています。振り返ってみれば、人のお世話をすることが性に合っていると感じていますから、本来はそういう性格も持ち合わせていたのかもしれないですね。今は初孫にイソイソと会いに行き、娘の助けになればと、あれこれと作った料理を届けてお世話をしています(笑)。
そんな私が令和8年度の女性会会長を務めさせていただくことになり、かつての私に戻りそうです(笑)。素晴らしい力を持たれている皆さんのお力に頼りながら『仕事、生活について学びながら、みんなで楽しく活動しましょう』というスタンスで臨みたいと思います。スローガンは『笑顔つないで新しい一歩』です。昨年、女性会創立20周年記念事業を終え、次の10年に向けて新たな一歩を踏み出す大切な節目の年ですが、何の心配もしていません。メンバーの力強い団結力で有意義な事業が展開されると信じています。昨年好評であった婚活事業、防災セミナー、子ども支援を柱として活動していく予定です。
少し残念なことは事業等への参加メンバーが固定化しつつあることです。多忙な毎日とは思いますが、優先順位を少し上げていただき出席されれば、女性会の良さが分かっていただけるのではないでしょうか。私自身、多様な事業をされているメンバーの皆さんとお話していく中で「そういう考え方もあるのね」と刺激を受けることも多く、女性会は成長させてくれる場であり、時には息抜きの場所にもなっています。また同時に仕事をしていく上で、ヒントをいただくこともあります。
創業63年を迎えた当店は、近年、健康関連商品の取り扱いも始めています。そういう新しい分野に目を向けたのも、メンバーからの影響もあったように感じています。補整下着・電解水素水・ありそうでなかったもこもこ5本指ソックス(保温性が高く、医師の推奨商品)など好評をいただいています。私もスキンケアーアドバイザーの資格を取り『美と健康』をテーマに、色々なことにチャレンジしています。お客様からお客様・お友達へと情報が共有され、マッサージやオステオパシーの施術に試着
室を使いたいと要望があったり、毎月下旬に店内で『美と健康マルシェinファミリープラザマルアイ』を開催するようになりました。2月のマルシェはキッチンカー、腸もみ、ドライ・ヘッドスパ、整膚、陰陽5行占い・お財布鑑定、手作りデコパージュ作品販売など、多彩なメニューで楽しんでいただけました。(毎月、メニューは変わります)
「今の仕事はあなたの天職ね」と言われますが、お客様と接したり、キレイなものに囲まれているのは楽しくて、その言葉を実感しています。子どもの頃、祖母と母が営む酒屋を手伝うこともあり、接客は身近なものでしたが、きちんとお店と関わったのは子育てが一段落した頃からです。その頃結婚前に勤めていた保険会社で働くことが決まっていましたが、従業員さんが辞めたこともあって、私がその後を担当することになりました。義理の両親、主人と一緒に働くことは仕事も私生活も一緒、ちょっと…と思って(笑)、迷いながらの選択でした。今では、高齢の方とお子さんに人気がある主人と、仲良く仕事をしています。色々な方と接して感じるのは、原色の黄色やピンクなどキレイな色の洋服を好まれる方は元気が良いですね。どうしても無難な黒やグレーに落ち着いてしまうかもしれませんが、首元にスカーフなどで明るい色を持ってくると、顔周りがキレイになり、元気になれそうです。ぜひ挑戦してみてください。
健康で元気でないと何も出来ないと実感し、YouTubeでの朝ヨガ、朝晩のストレッチが日課になっていて、体調は万全です。元気の元は何といっても可愛い孫と会うことと、2匹の愛犬と触れ合うこと。そして福山雅治さんのライブに行くこと(ライブ後の数日間は興奮状態になっています(笑))この3つの“推し活”からそれぞれ異なった刺激をいただき、常に幸せホルモン全
開です。
楽しいことはやる気や幸福感を得られます。女性会の行事を実施する時も、主催している私たちも笑顔が浮かび楽しめるような事業を開催していきたいと思います。皆様のご協力をよろしくお願いします。
■半田市広小路町151ー4
■営業時間 /18:30 ~9:30
■定休日/毎水曜日、 月2回木曜日
■TEL/0569212858