半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

会員トピックス
全てのトピックス

半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

会員トピックス
全てのトピックス

変革期こそ同じベクトルに

2021年3月23日(火)

中部電力パワーグリッド株式会社半田営業所 所長 木下裕義氏

 秘めた想いや苦しみは見えない。2019年、同社で一番若い営業所長として着任。穏やかな眼差しと口調で語られる今までの歩みは、決して平坦な道のりではなかったようだ。成功体験という醍醐味を味わったこともあったが、部署ならではの苦悩や困難に耐え忍んできた。その時々で米アラバマ大学のアメリカンフットボール名監督、ウォルター・D・ウィントルの『すべては心の持ち方次第である』という言葉を支えに、ボート部で培った忍耐力で乗り切った。大学時代ボート部キャプテンとして練習に明け暮れた日々は、人間力を創造し、人生を左右し、また人生を切り拓く武器となった。 
 「生家は曽祖父から鰤網の漁師として漁業組合で大船頭を任され、私が4代目後継者でした。しかし漁業の将来を不安視した両親の勧めもあり、迷いながらもサラリーマンの道を選択しました。少年時代は野球、高校ではボート部に入部し、勉強もそこそこに部活動に熱中する毎日でした(高校選抜大会優勝)。ボートで大学に呼んでもらい(笑)そのボートの縁もあって当社に入社しました」 
 地元に帰ることを考えて公務員を志したが、試験日が学生最後のレース決勝戦と重なり大会に出場、人生の岐路に立った1日だった(大学インカレ優勝)。入社後は緑営業所(名古屋市)に配属となり、電気の新増設受付・工事の手配等に関わった。以後も常に人と対面しての業務であったが、ボート部で培ったコミュニケーション能力を発揮した。様々な人との関わりがあったが『当たり前じゃあ面白くない。困難な時こそ、新しい仕事に取り組む時こそ、やる気が出てきた』と振り返る。 
 「本店で調達業務を担当していた10年ほど前に業務効率化、ガバナンス強化を目指して、創立以来、60年間継続してきたシステムの改革を手掛けました。長年染みついた手法や習慣を打破するため、時には鬼になり(笑)、必要不可欠な仕事と割り切りました。やり遂げた達成感も味わいましたが、辛い仕事でした。叩かれてもへこたれない、田舎で養ったど根性も役に立ちました(笑)」  
 20年ぶりに2店目となる営業所、半田営業所の現職に就いた。営業所は現場、本店支店は管理部署での業務。その差異に戸惑うこともあったようだ。 
 「営業所勤務は入社してすぐの2年間だけ、経験不足を感じる時もありますが、やってやろうという気概は誰にも負けません。そして若いからこその行動力があると自負しています。今までは縁の下の力持ち的な仕事に関わってきましたが、現職になり、社員の家族も預かる責任の重さを感じています。良質なエネルギーを安全・安価に安定供給することは、立派な電力マンになる第一歩ですが、非常災害時には張り切りすぎて二次災害に遭ったら本末転倒です。いかなる状況下でも安全を最優先に、社員の命を守ることが私の大きな使命です」
 昨年4月に同社は発電(つくる)送電(おくる)小売(うる)の三事業を機能ごとに分社化し、社名を『中部電力パワーグリッド半田営業所』と改称し、新たなスタートを切った。半田営業所はおくる事業を担い地域に一番近い事業場として、お客さまを第一に考え、様々なご用を承り、地域のライフラインを支えている。  
 「地域に根ざした企業というのは不変ですが、変革期こそ社員一人ひとりが安定供給という、同じベクトルに向かうことが大切です。そういう意識を醸成し、求心力を高めていくことも私の使命であります。同時に地域貢献も大きな役割と考えています。これまでも新しく創り出す仕事、プロジェクト的な仕事が多く、貴重な経験をさせていただきました。脂の乗り切った世代と言われる年齢を迎えた今、少し気も長くなって(笑)余裕を持って何が必要で何をすべきかを的確に把握し、貪欲にチャレンジしていく所存です」  
 入社して24年、様々な経験を経た今も、熱い想いや苦しみを心の奥底に秘めたまま、真摯に仕事に取り組む日々を送る。 

●ちょっと一息●
 「大学時代は早朝4時起きでボートの練習、授業、終わったら練習と、練習漬けの日々で本を読む機会もなく過ごしてきました。入社後に先輩や取引先の方々から本を読むことの素晴らしさを教えていただき、読書は趣味の一つとなりました。通勤電車の中で読むことが多いのですが、今熟読しているのは、唐代、治世の問題を真正面から取り扱い、帝王学の指南書となった「貞観政要」です。時代に乗り遅れないように書籍からも多くのことを学びたいですね。
 また、趣味と言って良いのか分かりませんが、居酒屋でワイワイ酒を飲むことが好きです。その土地の酒と肴、地元の方との語らいを楽しみに、あちこちの店を訪れていました。コロナ禍の今はそういう時間が過ごせないのが残念です。社内では酒に強くないと半田の所長は務まらないという根も葉もない迷信があります。その点では十分に合格点と思っています(笑)。
 出身地、七尾市にある旅館「加賀屋」のモットー『笑顔で気働き』は、「できません」は言わない、「マニュアルより笑顔で気働きを」と、加賀屋流のおもてなしの精神です。その精神で、お客さまによりそった営業所として今後も私の使命を果たしていきます」

木下裕義氏
1975年石川県七尾市生まれ。97年早稲田大学人間科学部卒業。
同年中部電力(株)入社。緑営業所、火力センター、本店(資材管理)、岐阜支店、本店(資機材調達・工事請負契約)を経て2019年現職。
当所常議員。工業部会長。名古屋市在住。



嫁、おもてなししま~す

2021年3月23日(火)

昼下がり酒場 農家の嫁 堀江尚美さん

 するかしないか?迷った時、私にはやらないと言う選択肢はありません。色々な経験は財産になると思い、昨年の10月コロナ禍の中で思い切ってお店をオープンしました。最悪の状況の中で始めたら、これからは良くなっていくだけでしょう(笑)。
 人と関わることが好きで、今までも飲食に携ってきましたが、お店を持つのは初めてで試行錯誤の毎日です。コンセプトは人と人とがつながり、知多のお酒と食材を楽しんでいただける、癒しのある温かいお店づくりです。正真正銘、農家の嫁で(笑)、野菜は新鮮さ、美味しさがウリで、お料理全て手作りです。お酒が好きな私の今一番のお勧めは、甘くてさっぱりしている『サントリーウイスキー知多』に合う和食です。パリパリピーマンや知多豚のドテ煮などが肴として人気です。メニューは旬の素材にこだわり、季節感を大切にしています。イチゴのフルーツサンドを作ったり、自家栽培のロマネスコを使ったお料理だったり、私自身も楽しみながらメニューづくりをしています。仕入れ、仕込み、メニューづくりや事務全般、ほとんど一人でやり、忙し過ぎて思考力の低下や行き詰まることもあります。そんな時は『せっかくやるなら、苦しみながらも楽しみなさい』とアドバイスいただいた方の言葉を思い浮かべながら、どんなことも楽しんで実践していまこれからは地元の日本酒なども取り入れて、色々な食材にチャレンジしていこうと思っています。
 農家の嫁という店名は、スタート当時は気恥ずかしかったのですが、慣れてくるとしっくりいって気にいっています。嬉しいことに嫁つながりで、漁師の嫁とコラボして新鮮な魚のメニューも生まれました。
「嫁、作りま~す」と言ってテイクアウトのお弁当を作ったり、「嫁、おもてなししま~す」お客様との会話を楽しんでいます。今では嫁がキーワードになっています(笑)。
 今の時代、他店との差別化を図ることが大切です。人と人がつながっていけるお店として、色々なことを視野に入れて、商工会議所青年部の仲間にも随分助けられ、色々な情報をいただいています。開店して半年にも満たないのですが、人とのつながりが出来たことが最大の宝と実感しています。これからは、そのつながりをどう展開していこうかと考えています。
 今は夜がメインで男性客が多いのですが、ランチを始めたら女性ともつながれるのではと期待しています。そうしたら嫁つながりで、お料理の得意な方がランチを提供したり、自慢料理を振る舞っていただいたりして、当店を働く場所として活用していただくのはどうかしらとも思っています。子育てを終えて時間が余裕のあるお母さん方で、社会とつながりたいと思う人もいらっしゃるのではないでしょうか。お客さま同士で何か一緒にやるのも楽しいでしょうね。YouTubeを作成したり、イベントを開催したりと様々なことが出来るかもしれません。でもそれを実行することは人を巻き込み、迷惑なことかしらと考えると申し訳なさでいっぱいです。それ以上にもっと頑張ればいいのではと自分に言い聞かせいていますが、弱気になることもしばしばです。色々な情報を発信出来るお店にしたい、それを通して半田が賑やかになったらいいなとも思っています。でも生まれも育ちも半田とは縁もゆかりもない私(西尾生まれ、豊浜在住)が、そんなことを考えてもいいのかしらと心配もしています。先ずは半田の素晴らしさを学び、
出張族のお客さまに半田をPRしたいと思っています。
 お店では嫁で働いていますが、母としては子どもに申し訳なさでいっぱいです。「ママがやりたいなら、頑張って!」と長女が応援してくれた言葉が決め手となって開店したのですが、日々の生活では負担をかけていると感じています。いつの間にか洗濯物が畳んであると、成長したと嬉しい反面、こんなことまでしてくれてと、涙が出てしまいます。女性は家事をするのが当たり前、などの固定観念を持たない主人の協力もあってお店が回っていますが、主人にとってはいい嫁ではないでしょうね(笑)。お店ではもちろん(?)最高の嫁です(笑)。


■ 所在地/半田市広小路町155-3クラシティ1F 
■ TEL/58-8411 
■ 営業時間/(月~金)17:00~22:00 (土)15:00~23:00 テイクアウト承り中。 
■定休日/日曜日・第4水曜日(不定休)
■ 席数が少ないため、予約されることをおすすめします。



子どもにミツバチの大切さを伝えたい

2021年3月10日(水)

株式会社 竹内養蜂

101年続く蜂蜜屋さんの4代目の新たな挑戦
ちたクラウドファンディングを通してイベントを実施

【プロジェクト目標】
こどもにもハチミツの美味しさ・ミツバチの大切さを伝えていきたい
子どもにも知ってもらえるチャンスを作りたい
はちみつが出てくる瞬間をみて、興味を持ってもらいたい
大人の支援で、子どもに蜂蜜の世界・ミツバチの未来を知る機会を提供します

【資金の使い道】
5月初旬に新見南吉記念館敷地内にて子どもをターゲットとしたイベントを実施
・蜂蜜しぼり体験
・パネルや写真を使用した勉強会
・蜂蜜をたっぷり使用した、パティシエ手作りお菓子のお土産付き

【ちたクラウドファンディングURL】
https://camp-fire.jp/projects/view/386961

代表取締役 / 竹内慧太
電話 / 84-2888
住所 / 半田市葭谷町1-50-1



家創りと未来づくり、妥協のないオリジナル住宅を

2021年2月18日(木)

セントラルホーム(株)

令和2年11月、市内柊町3丁目に新しく移転オープンした、「アーキスタジオ grow(グロウ)」は、セントラルホーム(株) が運営する総合住宅・注文住宅メーカーである。以前は、ビルの5階に事務所を構えていたが、お客様が来店しやすく、
立ち寄りやすい店舗を求め、今回移転オープンすることとなった。
 代表の大塚氏は、大府市出身、北海道の大学に進学し、在学中に個人事業で建設業を起業した。しかし、ほぼ人工貸しの孫請けばかりでもっとお客様に近い仕事がしたいと30歳を前に一念発起で名古屋に戻り、100名ほど社員がいる住宅メーカーに
営業職として就職。当時はただがむしゃらに働いた。自分にできることからまずは人よりもやること、その姿勢で常に全力
で仕事に取組み、その姿勢を買われ、入社2年で取締役、34歳で専務となった。その折に、親しかった不動産会社の社長に「新しい住宅メーカーを設立したいので社長をやってほしい」と誘われ、一から住宅メーカーを立ち上げた。ここでもまた全力で仕事に取組み、3年で軌道に乗せた。その経験を経て、いよいよ独立、この半田の地で同社を平成27年7月に設立し、今年で6年目を迎えた。
 同社では、デザイン、性能、価格、すべてお客様の要望に合わせた家創りをし、徹底した本物の注文住宅を実現している。同社には営業の専門職はおらず、最初のやり取りから最後の引き渡しまで建築家とコーディネーターが担当する。直接要望を聞いたうえで建築家が図面を作成、予算にあった仕様をコーディネーターが提案、納得いただけるまで打ち合わせを重ねる。その後、建築模型を製作し、平面図面だけでなく立体的に建物を見て、すべてに納得いただけたら契約、着工となる。契約後に金額が大きく変動しないように、すべてを決定してから契約を行うシステムで安心した家創りを応援
している。
 「お客様第一主義」と「サプライズ」。大塚氏に仕事をする上で気をつけていることを伺うと、こう答えた。常にお客様目線、お客様の立場に立って物事を考え、自分がお客様だったらどう思うか、どうしてほしいか、どう感じるかを自分の考えの物
差しにしているそうだ。また、お客様のために商品を探す、調べる、交渉する等、見えないところで日々努力することを惜しま
ない。今の注文住宅の多くが、建てやすいプランやモジュールで設計をし、決まったメーカーの商品を決められた中から選ぶ、量産型の住宅になっているのがほとんどだ。だが、同社ではお客様一人一人の要望をしっかりと聞き、その要望に近い
商品を選定している。それは、一般的な有名メーカーだけではなく、無名メーカーの商品や海外から輸入した商品に至るま
で、幅広くチェックする。その中からお客様の要望に合った商品を提案できたとき、それがサプライズとなりお客様の喜びとなる。自分の努力が喜びになる仕事であり、やりがいを感じると大塚氏は話す。
 家を買うことは、一生に一度の大きな買い物である。建てて終わりではなく、修繕やライフスタイルの変化等、アフターフォローも重要になる。建築家やコーディネーターが直接担当することで、一生涯のパートナーとしてお付き合いが可能だ。また、リフォーム事業も展開しており、様々な変化にも対応できる。常にお客様のことを考え、お客様とともに歩いていく同社だからこそできる家創りを今後も支援していきたい。       (取材:濱島千尋)

【代表】大塚雄充  【創業】平成27年7月
アーキスタジオgrow
【住所】半田市柊町3-9-19
【営業時間】10時~18時 
【定休日】水曜日 【TEL】 24-6668
【URL】https://www.central-home.co.jp/

リフォームラボ
【住所】半田市宮本町5-328-1 
【営業時間】10時~18時 【定休日】水曜日
【TEL】 22-1118(不通の場合は、growへお電話ください)
【URL】https://reformlab.net/



子どもの輝く未来の幸せに貢献する

2021年2月18日(木)

有限会社 共育舎 専務取締役 平林 明美氏

 ホップ、ステップ、ジャンプ・・・明るく元気に楽しく、その時々の周りの声に応えて軽やかに人生を歩んできた。衛生看護科に通う姉の解剖生理学の教科書を見て、こんなことを学びたいと看護師を志した。
 「小学5年生の時に亡くなった父をお世話してくださった看護師さんに憧れたこともあり、看護師を目指して桃陵高校に進学し、専攻科卒業後は愛知県がんセンター病院に勤めました。その頃に主人と出会い、主人が私の父と同じ誕生日であることに運命を感じ、20歳の時に勢いで結婚しました(笑)。結婚前に義母から『うちの嫁になるんだったら珠算1級を取ってね。あと家事もよろしくね』と言われ、看護師をしながらそろばんの練習をしていました。主人のためと健気に頑張りました(笑)。ちなみに、高校時代に料理教室に通っていたおかげで、お料理は少しも苦ではありませんでした」
 結婚後しばらくは子育てに追われる日々を過ごし、ある日、友人からそろばんを教えてと頼まれ、教室を開校したのが4番目のお子さん(娘さん)が1歳の時だった。その後もうひとり男の子が生まれ、生まれたばかりの子どもを教室の角のクーハンに入れて授業に臨んだ。やがて要望に応え、書写も教えることになった。
 「5人の子どもたち(4男1女)は皆、好きな中学校を受験しましたが、子どもたちの勉強を見ているうちに自然に私の学力もつき、小学生や中学生の学習指導にも参画するようになりました。主人と私の影響もあったのか、子どもたちのうち4人は当社に参画してくれ、それぞれの得意分野で当社を支えてくれています。そのおかげもあり、事業は順調に拡大しています。2018年4月には、保護者の方からの要望で、21世紀型学童保育『Let’s Port』をスタートしました」
 共働きが当たり前になったいま、習いごとが土日に集中し、なかなか家族でゆったりと過ごす時間が作れないご家庭が多い。Let’s Portでは、お子さんをお預かりながら、そろばん、速読、算数、国語、書写やプログラミングなどの習いごとが可能である。仕事を終えたお母さんやお父さんがお子さんをお迎えに来られたときには、お茶を飲みながら悩みをお聞きし、リフレッシュしていただくこともある。このように働く家族を支え応援したいという想いで運営している。
 「私が子育てしていたころ、地域の方に随分助けていただきましたので、少しでもそのお返しになればという気持ちで仕事に取り組んでいます。子育てや教育には正解がありません。だからこそ、昨日よりも良い教育、良い指導になるように試行錯誤をすることを心がけています。そして、子どもたちには、学力のみならず、笑顔で『ありがとう』と感謝できるような人に育ってもらえたら大変嬉しいです。これからも、『子どもの輝く未来の幸せに貢献する』を経営理念に、子どもたち一人ひとりとひたむきに向き合っていきます」 
 パワフルな原動力は、「何事も前向きに捉える。良い経験も悪い経験もすべて糧になる」という考え方だ。多少失敗してもいいから行動し続ける。「じっとしていると損な気がする」と笑う。仕事がないときでも常に何かに没頭しているという。最近は認知機能を如何に保つかを考え行動することがマイブーム。関連する書籍やネット、ときには動画を通じて知識を蓄え、それを運動、料理、お菓子・パンづくりなど、身の回りの環境すべてに反映させる。常にどうしたらもっと効果が出るかを考え、その行為自体を楽しみ、続ける。コロナ禍のこんな時だからこそ、元気で明るくパワー全開!
 「仕事も充実し、家族も元気で私も自由に楽しく動けています。今が一番良い時かもしれません。しかしこの先、もっと大きな幸せが待っていると期待しています。その年齢にならないと味わえない気持ちがあることが、年齢を重ねるごとに分かってきたからです。ちなみに、今年の私のテーマは『素直に生きる』です。嬉しい時は嬉しいと言い、嫌なことはそれは嬉しくないと言う、子どものような純真な心を持つということでしょうか。最終到達点は子どもに返ることかもしれません(笑)」
 明日からも高く高く、ジャンプし続けていくことだろう。
 
●ちょっと一息●
当社の母体『半田速算』は1924年(大正13年)、県下で2・3番目に開校したそろばん教室です。主人の父と主人は、古くから半田商工会議所とお付き合いがありますが、私が会議所と関わらせていただいたのは青年部に入会した2000年からです。平成の大合併構想のときには合併委員会ビジョン小委員会に委員として参加しました。父も母も日本海側から知多半島に移り住んできており、空の青さ、温暖な気候、雪かきをしなくても暮らしていける半田が大好きで、私もその影響を受け半田大好き人間になりました。ちなみに、子どもたちもそんな私に感化されたのか半田が大好きです。知多半島がもっと住み良いまちになれば嬉しいと、まちづくりを熱心に学んだ時期でした。
 青年部メンバーとして活動したことも深く印象に残っています(サンタクロース事業ではトナカイになりました)。入会当時、私は38歳。研修会後の二次会、三次会も積極的に参加し、あまり年の違わないメンバーから『お母さん』と呼ばれ、母の日はカーネーションをいただいていました(笑)。「私はあなた達を産んだ覚えはありません!」と笑っていましたが、とても嬉しかったですね。その時からのご縁で今も何かあるたびに青年部メンバーとのお付き合いが続いています。学童保育を開設した時も、内装、備品、オープンチラシ等の相談に電話1本でメンバーが駆けつけてくれました。現在は、次男が青年部メンバーとして活動しています。弊社と半田商工会議所との繋がりは、これからも長く続いていくでしょう。

平林 明美氏
1962年常滑市生まれ。82年愛知県立桃陵高校専攻科卒業。
愛知県がんセンター病院勤務。退職後、2000年有限会社共育舎入社および半田商工会議所青年部入会(07年卒業)。
当所議員、サービス部会副部会長(専門サービス分科会長)および人材育成委員会委員。半田市在住。