

2018年9月25日(火)
「僕は医者ではないので手術や注射はできません。でも、病院では中々難しい症状を鍼灸でどうにか良くする手助けができれば。」そう加藤慎也氏は言う。保険を使える病院ではどの人も同じ医療を受けられる。しかしその反面病院では、例えば腰が痛いという症状を訴えても保険故の治療の限界にあたる場合もある。であれば保険を使う医療体系の中では難しい症状でも、自費の治療なら時間やお金はかかるけれどまだ出来る事があるかもしれない。そういう方々の受け皿の一つとなって、患者さんが自分の治療を受けて少しでも楽になってもらえれば、と語る。
大学生の時に交通事故に遭い、足の筋肉が潰れる大きな怪我をした。その時に旧知の鍼灸の先生にかかり、時間は要したが元通りに動ける経験をして感銘を受ける。大学を卒業後は別の道を目指すも改めて専門学校へ入り、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得。取得後は半田の病院のリハビリ科で臨床経験を重ねていき、その中で自分を慕って下さる患者さんも少しずつ増えていった。地元が名古屋だから開業は名古屋でと考えてはいたが、患者さんとのご縁もあり半田での開業を決断。今年で十年を迎える。
来て頂いている方の多くは常連の患者さん。また、新規で来られる方も常連の方の紹介や親族が多いという。加藤治療院で自分が良くなったから、こんなに苦しんでいるから何とかしてやってほしいという思いで紹介されるという。「大切な人が苦しんでいるのを見るのはとても辛いと思います。だから御紹介者の方のその思いにも応えて、どうにかして治したいと思っています。」
治療者は患者さんと上下なく、共に歩むべきと思っている。二人三脚で一緒に治していきましょうという信念は開業以前から崩さない。「それには患者さんとの良い関係が大切だと思います。」今も師と仰ぐ修行先の恩師からの言葉に「加藤君は、構えて『先生』という風にしているよりは『町のおにいさん』位でいた方が、患者さんも力を抜いて色々な話をしやすいと思うよ。」という言葉があった。その言葉どおり、どんな事でも話しやすい雰囲気であるように心掛けている。そのせいか、取材中も脱線をしながら三時間も話してしまった。
氏の根底にある、「患者さんと共に歩み、患者さんが楽になる為に最善を尽くす。」その信念は今も変わる事なく、患者さんの為に引き出しを多く持っていられるように日々勉強をし続けていく。
(取材者:井上さや香)
事業所名/はり・きゅう・マッサージ 加藤治療院
所在地/半田市有楽町5-216-3 苺マンション1階西
TEL/0569-84-3240
受付時間/月〜金 午前9時〜午後1時、午後3時〜午後8時
土 午前9時〜午後1時、午後3時〜午後6時
休診日/日・祝
所在地:
代表者:
TEL:(0569)-
定休日:
営業時間:時〜時、時〜時(オーダーストップ)
2018年9月25日(火)
――7月にリニューアルオープンした知多半島道路のパーキングエリア(PA)の、貴社のアイスクリーム、好評のようですね。
阿久比PAでは笠原将弘シェフとコラボした6種類のアイスクリーム、大府PAでは辻口博啓シェフとのコラボ商品『甘酒のモナカジェラート』を販売しています。商品開発者として関わらせていただき、とても貴重な経験でした。
――先ずは、ゴールを迎えたのですね。
代表の父からは商品の完成ではなく、お客さまから安定したリピートがあることがゴールだと言われ、身の引き締まる毎日を過ごしています。今は仕事にのめり込んでいますが、保育士になるのが目標でした。そのため、中学時代に熱中していた陸上競技(県大会出場)も止め、保育課のある高校・大学に進みました。でもカラダを動かしたくて、高校ではダンス部に所属しました。学校からはポップな部活は歓迎されていなくて、身だしなみを整えたり勉学に励んだりして、高校3年生の時にやっと公式大会の出場を認めていただきました。大学ではダンス部を創設しましたが、その経験から日々頑張ればいつかは結果が出る、地道にやっていく大切さを学びました。
――卒業後は、保育士さんとして働かれたのですか?
東海市の保育園に勤務しました。高校時代に、私が本当にやりたいことは子育て支援だと気づきましたが、そのためにも保育士の経験は必要だと考えていました。公務員として子どもとの関わりが多く、その機会もなく、悩んでいた3年ほど前に、父からそろそろ会社に来ないかと声がかかりました。33年前の創業以来、女性の働きやすい職場づくりを目指して来た会社なので、私の想いがつながるかもしれないと、入社することにしました。先ずは現場を見たいと、東京駅内等で全国のスイーツを販売する仕事に就き、その後入社しました。6年前くらいから、個人のお客さまに向けて直売所で販売を始めていたので、その販売をお手伝いすることになりました。
――始めの一歩ですね。
忙しい毎日でしたが、翌年私が販売を任せられ、facebookやインスタグラムを始めました。次第にプライベート商品の重要性や、パイロットショップとしての直売所の役割を実感しました。そして『ものづくり補助金』を利用して作った『Heart&Heart』(ハートバー)専用移動販売トレーラーでの販売、商品紹介の担当もしています。ホームページを見られた北海道のレストランや、ハートの絵馬が人気の犬山の昭和横町から声がかかり、今そこで販売していただいています。色々なお客さまから、商品開発の依頼もあり、とてもやりがいを感じています。
――青年部メンバーとしてご活躍ですね。
昨年末に入会しました。メンバーの方々が人知れぬ仕事をしたり、弱音を吐かない姿を拝見して、その姿が父に重なり、両親に感謝の気持ちでイッパイになりました。同時に今も父に守られながら、仕事をしていることを実感しました。でも時々、2人の姉たちのように、普通の親子関係の方がいいのかなと思うことがあります。
――普通の親子関係ですか?
元々父とは仲が良くって、何でも話し合ってきましたが、今は部下なので一般的な親子とは異なる関わり方をしていると思うんですね。この仕事をしていなかったら、可愛い娘でいられるのに(笑)、と考えることもあります。仕事が忙しくなりお友だちとも疎遠になったり、そうだからこそ、深く結びついたお友だちもいますが、前を向いていつも何かに挑戦していれば、輝いていられると信じています。子育て支援の夢は心の片隅にあり、これからこのまま仕事を続けるか、他の仕事をするのかは思案中ですが、何かの形で経営者になっていると思っています。そんな未来にワクワクしながら、今を楽しんでいます。
2018年9月25日(火)
大学の研究室OBが多く在籍する同社に入社し、最新設備が完備された、つくば工場が社会人としてのスタートだった。入社した年に電子材料(薬液)の生産が始まり、関わることになった。建屋を建築し、新規分野進出の重要な事業だった。
「以後17年間、つくば勤務でした。その間、新規分野の仕事に携わることが多かったですね。ある時、新幹線の洗面所の塗装開発を任されたことがありました。反射率の高い、顔が映るレベルのものを要求されたのですが、全く未知の世界で、何を聞けばいいのかさえも分かりませんでした。勉強不足は否めず、恥ずかしく衝撃的だったのですが、貴重な経験をさせていただき、以後どんなことでも聞くようにしています。正に『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』です」
ある時は、ISO9000取得の任務を受けた。半田工場が最初の取得工場となり、9ヶ月半、半田で暮らし、骨格づくりに奮闘した。外部講師の指導を受けながら、ISOの基本規格を同社のシステムに置き換えていく難解な作業は、自分でも意外なほどにすんなり頭に入り、講師からも高評価を受けた。
「学生時代は特に勉強した訳でもなく、自分の得意分野が分からなかったのですが、この分野は自分の中で秀でた所かなと思うと嬉しかったですね。思い起こせば、小学校の頃に両親から、国語と算数の文章問題のようなドリルをやらされていました。また、高校卒業後は3年間派遣の仕事などをやっていて、その間も乱読していました。それらの体験が活かされていると感じています。今は子どもに算数と国語さえやっておけば、どこでも生きていけるよと豪語しています(笑)」
以後、複数の工場でのISO9000、14000取得の担当者として尽力した。その作業は会社の仕組みを学び、『初めて自分なりに成果が出せた』という自信にもつながり、以前にも増して仕事に真っ正面から取り組む日々が始まった。当時最新工場であった神戸工場長を経て、現職として半田工場に赴任してきたのは5年前のことだった。
「半田工場は塗料の生産が主力で、シンナーに長年関わってきた私にとって、新しい分野の仕事でした。それに加えて仕事量と生産性が合致せず、最も課題を抱えている工場と評されているので、不安が大きかったですね。極端なことを言えば、神戸工場での1年がこちらでは1・2週間に値するほど、多くの課題が山積しています」
赴任して最初に掲げた抱負は方針管理の確立だった。それはISOの的確な可動にもつながり、得意分野の取り組みであった。ひとつずつ克服し、今年も新たな方針に向かい着実に進捗している。片や『半田工場長は一番プレッシャーが多い』とも言われている。先日もストレスチェックを受けた。
「私はストレスを溜めないために、慎重に考えながら、的確で迅速な判断が必要と考えています。状況判断のためには現状を知ることが必要ですが、知らないことは聞いています。とかく工場長は何でも知っていると思われがちですが、『今更だけど』と、今も分からないことは聞いていますよ(笑)。経験を積んだ今、少しは的確に対処できるようになったのかなと自負しています。でも確かにたくさんのプレッシャーを感じていますね。6年目を迎えた今、色々な課題に本腰を入れて取り組んでいます」
『寂しくない?ひとりは大変?』という言葉をかけられることもあるようだが、単身生活も8年目を迎え、楽して楽しんでいると笑う。
「神戸時代はジムに通っていました。今はその時間も取れずランニングを始めましたが、半月板を損傷してウォーキングになりました。精神的に追いつめられるのはいけないと、身に染みて感じていますので、休日は何もせず、頭を休めていることが多いですね。今は仕事一筋ですが、これから何かやりたいことを探そうかなと思っています」
中学校時代から人の陰口を聞かないようにと『知らぬが仏』が座右の銘だった。責任ある立場に立った頃から『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』を座右の銘にした。聞くこともままならなかった、あの衝撃的な経験を心に留め、自戒の念を込めて。
2018年9月21日(金)
半田鉄工協同組合(新美良純/一新鋳造所)では、9月16日(日)CLACITYにおいて、全日本製造コマ大戦G3半田場所が開催されました。
県内外から大戦に21チーム、子どもコマには128名が参加しました。優勝は、碧南市の金属加工業「高橋鉄工所」。
また、子どもはコマキットを使用し戦う、子どもコマ大戦もあり多いに盛りあがり、優勝は市内の小学3年生でした。
主催者は今後も毎年開催をしていきたい意向であります。
(以下入賞者)
優 勝 高橋鉄工所
準優勝 (株)一新鋳造所
第三位 日之出化成(株)
第四位 (株)古川電機製作所岐阜工場
2018年9月12日(水)
半田市少年少女発明クラブ員が、「あいち少年少女発明クラブ創意くふう展」に向けて作った作品の発表会が9月8日、ツカサ創生館でありました。
小学4〜6年の48人が春から製作に取り組んだ作品を発表。審査で選ばれた上位5人が11月3〜4日に名古屋市西区のトヨタ産業技術記念館で開かれる同展に出品します。
選考の結果、上位5名の入賞者は以下のとおり(敬称略)
◆会長賞
「お手紙作成マシーン 白やぎさん1号」榊原光騎(半田市立岩滑小学校6年)
◆優秀賞
「よごれない!テープとり」田口紗帆(半田市立亀崎小学校5年)
「ツエを置く時に固定できるツエ」堀崎あゆみ(半田市立半田小学校4年)
◆奨励賞
「進化した取り外し可能ジャバラ式傘ケース」竹内慶大(半田市立乙川小学校6年)
「ビニールひもカッター」水谷真一朗(半田市立宮池小学校4年)