半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

会員トピックス
とーくさろん

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愛しい仔をご自分で作ろう

2023年12月27日(水)

justy-house 三林 利依さん

 「どんなお仕事なの?」と聞かれると何とお答えしたらよいか戸惑います。ただ「愛する我が仔を、羊毛を用いてご自身で生み出して頂くお手伝いをする“寄り添い人”」でありたいと、心に何時も留めております。ですから「羊毛フェルト作家」「羊毛フェルト教室の先生」とは違う気がして、お答えするのに困ってしまうのです。
 私は小さい時から絵を描くことが好きで「将来の夢は画家」と小中高の卒業文集に書くくらいで、芸大に入り日本画を学びました。でも就職先は画とは全く無縁でした。ある時、お友達の愛犬を描いてプレゼントした際に、そのお友達が大変に喜んでくれまして、それを見て私も嬉しくて「やはり画を描くことが好き」と改めて感じたのが転機となり鉛筆画を始めました。
 ほどなくして羊毛でワンちゃんを作っているのをテレビで見かけ「私にも出来るかな?」と見様見真似の独学で、試行錯誤しながら生み出したのが愛犬「justy」で、これが羊毛との出会いであり、始まりでした。鉛筆画と並行で羊毛で作った作品をネット販売したところ、有難いことに好評で、いつしか自分で生み出すこの喜びや楽しさを教室を開いてお伝えしたいと思うようになりました。
 しかしその当時、愛犬の「justy」が不慮の事故で下半身麻痺の状態で介護が必要だったために「justy」への時間を最優先しました。介護は振り返れば大変だったと思いますが、それ以上に彼(justy)から教えられ支えられたことが多かったのだと痛感しました。何故なら彼は下半身麻痺にも関わらず車椅子を器用に乗りこなし、健常だった時と変わらずにフリスビーを全力で追いかけて遊ん
だのです。その姿を見て私もどんな時も「全力で楽しむ」ということの大切さを学び教えてもらったのです。
 これが「justy-house」の始まりです。「justy」をお空へ見送ってから、市内の手芸屋さんの片隅でスタートしたお教室はなかなか生徒さんも集まらない状態でしたが、地道にSNSを使ってオリジナル作品やお教室の様子を公開したり、フリスビー仲間やお教室に参加した方がまたそのお友達をお誘いしてくださったり、開催場所を提供してくださる方がいたりと皆様に支えて頂きながら、お陰様でお教室を始めさせていただいてから10年を迎えることができました。
 思えば私は周りの皆様に恵まれ、また大切な可愛い一人息子や父が遺してくれた描くことが好きなDNA、母が与えてくれた画を描くチャンス、私を取り巻く全ての事柄や仲間たちが、今に繋がっているのだなと思います。心から感謝の気持ちを伝えたいです。
 そんな片隅から始まりましたお教室も、今では半田商工会議所さんをお借りし開催させて頂くまでに成長いたしました。半田教室には市内外から通われている方はもちろん、県外の方の参加もありとても賑やかです。今は埼玉県から岡山県まで約10箇所のお教室に加え「プライベートレッスン」もご要望があれば随時お受けしております。お教室にご興味のある方はぜひ半田教室に見学にお越しください(事前にお問合せ頂くとスムーズです)。
 お金を出せば何でも手に入る時代ですが、オーダーではなく愛しい我が仔をご自分で生み出せる喜びを知っていただけたらと思います。またお教室で心掛けていることは、その日羊毛が初めての方でも3時間で我が仔を生み出していただける内容にすることです。事前に生み出す仔の写真を数枚お送り頂き、毛色に合わせた羊毛をご用意させて戴きます。当日の持ち物は我が仔への愛情です!(笑)。
 我が仔の写真をじっくり見ながら生み出していくのですが、その時に新たな発見や驚き、感激、感動があります。ペットロスだった方も写真を見ながら手掛けていくうちに心が癒されて「気持ちが落ち着いた」と話してくださいます。自らの手から誕生した小さな我が仔を、愛おしそうに喜ばれて連れ帰られる姿を見ると私も嬉しくなってしまいます。
 私はご自身で生み出して頂くことに大きな意味があると思っています。想いはそれぞれ表し方があると思いますが、その中のひとつとして羊毛で‘カタチ’にすることにより、想いも強くなり思い出作りにも繋がっているのではないかな?と考えたりします。この10年で私も4頭の愛犬を見送ってきたので、少しでも皆様の気持ちに寄り添えたらと改めて感じています。
 justy-houseはお教室を開始して今年10年を迎えます。その区切りとして今年10月に滋賀県で開催する私と生徒さんたちの作品展に向けて「justy」が教えてくれた「全力で楽しむ」を心に記して精進していきたいです。



ご飯を食べながら酒を飲む幸せ

2023年11月29日(水)

伊東株式会社  伊東 優さん

幼い頃から遊んだ祖父母の家は、天明8年(1788年)から続く造り酒屋(伊東(資))でした。3人兄弟の長男だった僕は子どもの頃は跡を継ぐんだと何となく感じていましたが、名古屋に住み野球に熱中していたので、休業そして清酒製造免許を返上した時(2000年)もあまり現実味はありませんでした。そんな僕が今ここで酒造りをしているのは2014年、祖父(伊東基夫氏、当所10代会頭)の死がきっかけでした。
 亡くなった際、通夜の日まで蝋燭の火が消えないよう交代で見守る風習がありますが、自分の番に祖父が眠る傍で冷蔵庫で14年間保管されていた「敷嶋」を飲み、その凛とした味わいに感動するとともに、200年以上酒造りをしてきた伊東家という家を考え始めました。代々、酒造りを通じて地域に影響力があったことは地域の方々から聞いていましたが、実際には大人になって初めて感じました。ただ、酒造りを止めてからは、伊東家として地域に残るものが古い家屋しかない。そのため、まずはこの家を残したいと考えました。そして、酒を造るために家を建て、蔵を作ったのだから、まずは建物というハードありきのビジネスではなく、『酒造り』というソフトをビジネスの幹として成り立たせた上で、その他のコンテンツを枝のビジネスとして行い、建物を存続させるのが本筋ではないか、という考えに至りました。
 4年後に脱サラし、他の酒蔵で修行した後、2021年12月から自社蔵で製造を開始し、翌年6月までにタンク15本の酒を製造。『敷嶋』を復活させ第一歩を踏み出しました。構想からの7年間は長かったような、アッという間だったような気がしています。清酒製造免許の
取得、土地の買い戻し、設備の導入など、ゼロからの出発は考えていたより大変でしたが、多くの方に力添えをいただき、実現に至りました。地元亀崎での祭や祝いごと、親戚の集まりなどで「敷嶋を美味しく飲んだ」と言われる方も多く、その言葉が励みであり支えでした。始める前や開始当初は、将来の不安や期待など考える暇もなく時間に追われていました。一番不安なのは『今』と感じられるのは、少し余裕が生まれたという証拠でしょうか。製造は自分を含め5人程で行っていますが、経理、人事、プロモーション、営業と全て今は自分でやっています。全業務を理解したいという気持ちもあり、今は無理をしています(笑)。
お酒にも様々な味がありますが、敷嶋は食中酒として飲んで頂きたいお酒です。僕自身、昔から外での飲み食いをしていましたが、その中で『食と酒のペアリングに感動する体験』に出会いました。おそらく、あの時感動した体験は一生覚えているでしょう。敷嶋もそういう場面にいてほしい。そして『ご飯を食べながら酒を飲む幸せ』という文化を創り、200年後に、食の傍にある定番酒となってほしいと思っています。
 醸造業が盛んなためか、この地域では旨味が濃厚な食べものが多いです。ずっとこの地域に住んでいらっしゃる方には意外かもしれませんが、アナゴ、ふぐ、貝などの干物は知多半島だけの文化です。このような旨味がギューと濃縮された食をより膨らませるためには、旨味だけでなく、苦味や渋み、酸味も必要で、かつ味の骨格がしっかりとしたお酒が必要です。しっかりした骨格を保つには必然的にアルコール度数が高くなりますが、そのアルコール感がなく、美味しく飲めることが敷嶋の特徴だと思います。また、開封してから、4日目くらいから味がまろやかになり、1か月たっても美味しく飲めます。また、生酒や純米大吟醸も長く楽しめ、純米大吟醸は開封後、数か月経っても旨さの最大値を更新していきます。生酒はできれば冷蔵庫保管をおすすめしますが、是非その過程を楽しみながらお飲みください。
 まずは敷嶋を復活することが目標でしたが、今後はいいお酒を造ることを前提として、この建物を残すために活かしていきたいと思っています。12月には蔵内にレストランがオープン予定です。更に来年1月は素敵な庭と共にカフェビストロが開始予定です。また、近々販売店も併設しますが、地域の皆様にはお酒は引き続き酒屋さんでお買い求めいただければ嬉しいです。
 また、若い方々に「酒蔵が地元にあり、その酒蔵の酒は美味しい」ことを知っていただきたくて、来年の『二十歳の集い』の日に(1月7日)『蔵シカルmarché』を開催します。沢山のハンドメイド作品や美味しいご飯、ワークショップが楽しめるイベントです。新20歳の方、そして晴れ着でお越しの方には1杯振る舞い酒がございます。お酒が好きな方、素敵な商品や美味しいものと出会いたい方、ぜひお越しくださいませ。蔵に囲まれた特別な空間も必見です。また、4月20日には昨年に引き続き『亀崎酒蔵祭』を予定しています。これからもたくさんの仕掛けをしていきますので、皆様何卒よろしくお願いいたします。


■半田市亀崎町9-108-1 
■TEL.29ー1125 



非日常の空間で世界の料理を

2023年10月31日(火)

HAJIKAMI 北川尋千さん


非日常の空間で世界の料理を


非日常の空間で世界の料理を

 多国籍料理の店をオープンしたのが2020年4月、コロナ禍を何とか乗り越え、物価高戦争の中で戦いながら、充実した日を過ごしていますが、かつての僕は自分のダメさを思い知る場面が多くありました。そんな自分を変えたくて、大学の時に(生まれた東海市から)折りたたみ自転車で京都に行き『僕にとっては無謀とも思えるような旅も、やれば出来るんだ』と自信が生まれ、翌年ママチャリでお遍路さんとして四国を一周しました。全行程、野宿という旅の途中で、人生の師と感謝している世界一周をした人と出会い、人生観が変わりました。今もその人からパワーをいただいていますが、人と少し違った生き様に憧れ、世界一周が夢になりました。
 とは思っても堅実に(笑)、靴を扱う小売企業に就職しました。働いているうちに、自分で作り出したものを提供してお客様に喜んでもらいたい、当時ステータスだったカフェをやったらカッコいいかな?知多半島にオシャレな店を開きたいと飲食の世界に挑戦しようと決意しました。大学時代にトンカツ屋さんでアルバイトをしましたが、包丁すらまともに握ったことがないのに、またまた無謀なことを考えました(笑)。
 その想いが募って退職して、バックパッカーとして世界一周の旅に出ました。それまで日本の常識、与えられた情報の中で生きてきましたが、「自分の物差しで物事を見ないこと」を意識して旅し、視野が広くなったような気がしています。家でのカレーしか知らなかった僕は、海外のスパイスの効いたカレーは新鮮で、スパイスを活かした料理の美味しさ、面白さ、素晴らしさに衝撃を受けました。僕が学生時代に旅に出ていたら、今その時に受けた影響に左右された生き方をしているかも知れませんが、社会人になり、店を開こうという目標を持って旅しているので、そのための情報収集をしながら、その時の旅のテーマ『楽しむ』ことに全力を注ぎました。
 結局、1年間で30ヶ国ほど周り、旅の後半では早く帰国し店を出す準備をしたいと焦っていました。会社を辞める時も勇気がいりましたが、この頃友達はバリバリに仕事をしているのに、スタートラインにも立てていない僕は不安の中にいました。帰国後に本格的に飲食店で10年ほど修行し、たまたま出会ったこの古民家に惚れ込み、古事記から見つけた香辛料の意味合いを持つ「HAJIKAMI」としてオープンしました。香辛料のようにピリッと刺激的で、非日常の空間を味わっていただきたいという想いを込めています。今はハジカミ生姜があるので、馴染みを持っていただける店名かも知れませんね。カフェから多国籍料理の店に変わり、シナリオにはなかった(笑)妻と一緒にスタートすることに責任は伴いましたが、やり甲斐も大きかったですね。
 目前に緑が広がる開放的な店内に、テーブル席、ソファー席、バーカウンターをご用意し、ハーブ類を使い、スパイスが効いた世界の料理を提供しています。世界に美味しいものがあることを知って欲しい、それぞれの国の食文化に興味を持っていただきたいと思い、その国の食材を使い現地の味を再現しています。旅先でのメモと睨めっこし、レシピ本や現地の調理法を参考にしながら、今までの経験をベースに、僕らしい店作りができたらと考えています。店内には旅した国
の雑貨や民芸品をディスプレイしています。余談ですが、お金のない旅の中でもオシャレをするために10個くらいの帽子を持ち歩いて、その日の気分で被っていました。そんな帽子も店内に置いています。異国情緒を感じていただけたら嬉しいですね。世界各国を旅して、僕なりに感じた想いが店内のあちこちに散らばり、この店の原点になって
います。
 ランチは『世界のカレー』として、タイ、北インド、南インドと色々な種類のカレーを提供しています。食後には、ラテアート(latteone2021 3位入賞)、デザート等々をお楽しみください。また、ディナーは多国籍料理とクラフトビール等、シーンに合わせてご賞味ください。イベント時にはキッチンカーで出店もしています。見かけましたら、気軽に声をかけてくださいね。古民家だから女性のお客さまというイメージを持たれるかもしれませんが、お一人での男性客のリピーターもいらして、幅広い客層の方に来店いただいています。ありがたいことです。
  世界一周をする。自分らしい店を持つ。この二つの夢を叶えた僕は、知多半島に今までない僕にしか出来ない店を展開し、飲食を通して盛り上げたい!と新たな夢に向かって挑戦中です。
 
■住所:半田市岩滑中町4-146 ■ 営業時間:ランチ 11:30~15:00(14:00 L.O)
  ディナー 水・木 18:00~21:00(20:00 L.O)、金・土 18:00~21:30(20:30 L.O)、日曜 11:30~16:00
■ 定休日:月・火曜 ■TEL.89-6333 ■ https://www.instagram.com/hajikami_handa/




民俗文化の再生にかける!

2023年9月29日(金)

立川流彫刻 六代目 立川美術館主宰 (株)朝倉堂代表  立川芳郎尚冨さん


 亀崎で生まれた私は『潮干祭』とともに育ってきたと言っても過言ではないでしょう。その影響か、現在は民俗文化を本来の姿に再生する取り組みをしています。文化庁や各地域の依頼で色々な土地に赴きますが、そこに住む人たちは、その地域の歴史や本来の祭りのあり方に気づいていないことに時々出くわします。
 修復には学術は欠かせなくて書物を紐解き調べものをしていますが、興味深いことに行き当たることもしばしばです。知多半島における民俗文化の繋がりという点から見ると、亀崎と師崎は1000年程前は海軍をつかさどる田島海部一族の本拠地でした。そこでは干潮時に渚を渡御した祭礼儀式が執り行われ、師崎の祭礼は『潮時祭』と呼ばれていた時代もありました。当時は両方で一つの祭礼と見なされていたようです。時代の流れで、それぞれの祭りの形は変わりましたが、今も山車(やまぐるま)の後下り、枝綱の縛り方、山車の曳き方などに共通点が見られ、随所にその名残をとどめています。
 このような歴史を知ることで、ただ綺麗に元の姿に戻すことが修復ではなくて、町の歴史や成り立ちを知ることで、本来の祭礼のあり方が見えてくると考え、講演活動も大切にしています。そうするとそこに住む人々の意識が変わり、郷土愛も育まれ、町も活性化してくる様子を体感してきました。ただそういう祭りは、同じことを続けることが大事になってきます。連綿と継続していくことで先人の想いを肌で感じ、そこに住む人たちの民俗性が出来上がってくるのではないでしょうか?粛々と続けるということは面白くはないですが(笑)。
 美術力、技術力も修復に必要な要素となってくると考えています。綺麗に再現するにはこの技術力を持っていれば、比較的容易にできると思われがちで、『匠の技』と表現されることがありますが、安易にそういう流れに走ってしまうことをやや危惧しています。元々、匠という語源は聖武天皇時代(728年)に設置された、宮中の器物や殿舎の装飾をつかさどった役所、内匠寮(たくみりょう)からです。その長い歴史の中から生まれた『内匠』の称号を立川が授かったことは、天下一品に値すると思っています。かつてそういうスペシャリストたちが関わっていた作品の修復をするためには、学術、美術力、技術力の三術が必要不可欠と痛感しました。1989年に日本の伝統美術の一つで、江戸時代の代表的な宮彫りの流派である「立川流彫刻」を研究し、その技術を伝承していくことを目的に『立川美術館・立川流彫刻研究所』を設立しました。美術家を中心に、プロの彫刻師、建築家、歴史研究家等各分野の人たちで構成しています。また、作品や資料を収集し、保存・公開することで、立川流彫刻の周知に努めて
います。10月には『第九回はんだ山車まつり』が開催されますが、山車まつりとセットで、当館に見える方もいらっしゃる予定です。
 潮干祭の山車も創建以来何度も総造り替えや修復を経て、今日の姿になったように、文化は創作されながら受け継がれていくものと考えています。はんだ山車まつりも半田の文化を大切に思う若者たちによって創られた新しいイベント文化だと思っています。随所に新しさがあり興味深いですね。掛け声一つとっても、亀崎、乙川地区は「ヨイサー」で、綱引きもそうですが、引くときは「ヨイショー」でしょう。でも掛け声の多くは「ワッショイ、ワッショイ」。曳き手がピョンピョン飛んでいますので、自然に発せられた言葉なのでしょうね。
 私は今、棟梁・アーティスト・プロデューサーという顔を持ち活動をしています。伝統芸術だから創作とは関係ないのではなく、立川流の技を踏まえて、新しい素材との融合に挑戦しています。教職に就いていた時もありますが、先生は定年になったら終わり、この仕事は生涯関われます。やることがいっぱいあって、時間が足らないくらいです。
 自分の仕事があって、依頼の仕事があって時間に追われる日々ですが、この分野のことが多少なりとも解っている者、経験してきた者が伝統文化の再生に携わることが求められていると思っています。私自身、知多半島の山車彫刻を一手に引き受けてきた『彫常さん』の弟子として指導を受けた御恩に報いるためにも、今まで培ってきたノウハウをそういう場面で活かしていたけたらと思っています。豊かになった世の中で、人々の心が満たされた時こそ原点に返り、伝統文化の大切さを感じていただきたいと思っています。文化は人々に楽しさや感動、精神的な安らぎや生きる喜びをもたらします。私の民俗文化を本来の姿に再生する作業で、多くの方の人生が豊かになったら嬉しいですね。

■半田市亀崎町6ー81  ■TEL.29-5897



「古」と「新」が混在するkonya

2023年9月1日(金)

factory84 橋本 仁さん


「古」と「新」が混在するkonya

 factory84は2015年の開業以来、「パソコンドクター119」をメイン業務として展開し、知多半島を中心に地元企業や個人のパソコン整備、ネットワークに関する困りごとの解決やIT環境の整備をしてきました。もともと私はWindowsが存在しない時代にシステム会社に就職をし、プログラマー、SE、社内SEと仕事をこなしてきました。当時はプログラムを入力することは簡単にさせてもらえず、ほとんどが紙ベースの作業でしごかれた記憶があります。パソコン同士のデータの
やり取りもすべてプログラムをする必要がありソフトだけでなくハードの仕組みも詳しくなっていきました。
 あれから30余年が経ちパソコンの性能は格段にあがりましたが、基本的な構成は当時とあまり変わっておらず、当時叩き込まれたノウハウが現在の仕事にかなり活かされています。パソコン、インターネット、ネットワークは特別な人が使うものではなく、身近な物というより必需品となってきました。中小企業ではこれらの技術者を社内に準備することは難しく、そういう環境下で「パソコンドクター119」のサービスは誕生しています。
 最近では働き方改革、インボイス制度など今までのビジネス環境から大幅な変化を求められる時代になりました。さらにコロナ禍もあり資格取得、起業思考も高まってきています。
 「Office konya」はこのような背景と自社の技術力を結集することで誕生したコワーキングタイプのシェアオフィス(月契約)です。この空間は様々な会社のオフィスの参考にもなるショールームにもなっているのでお問い合わせ頂ければ見学も可能です。ご要望に合わせてオフィスのレイアウト、ネットワーク、データの保管方法などの設計、施工が可能ですのでいつでもご相談下さい。
 シェアオフィスを半田市に作った理由は、いわゆる名古屋の会社へ通勤する方のベッドタウンになっているのと、知多半島の真ん中にあり官公庁が集中するエリアなので、都市部と同等の状況の中にオフィスを持つことが出来るからです。契約者へのサービスとしては住所使用可、専用ロッカー、認証機能付きコピー機、紙折り機、各種文房具などを提供しており、パソコンがあればすぐにでもお仕事が始められるのが利点になっております。現在は、士業、プログラマー、コンサルタントといった異なる職業の人たちが利用し、情報交換や交流を深めています。取引先の方との打合せや食事などは、1階にある「Cafe konya」のご利用が可能です。
 「Cafe konya」もfactory84の事業のひとつになっています。カフェはモーニングタイム、ランチタイム、ティータイム、夜カフェ&BARタイムと時間帯によってメニューに違いをもたせて提供しております。また、パティシエとして起業されている方にカフェのスイーツ作りをお任せしています。それ以外にも地元の食材や調味料を取り入れ、窯元の作家さんによる手作りの器を使っております。カフェではこういった小規模事業の方々に支えられている面とお客様にその商材、関係
性をお伝えすることで、相乗効果が得られ面白い広がりをみせています。
 働き方改革などで仕事のスタイルなどは変わってきました。さらに進化した働き方として「ワーケーション」という仕事を旅行先でも出来る考え方もあります。仕事をするのに今までの様なThe事務所のような環境でなくリラックスして働けたらというのも働き方改革の一端なのではないでしょうか。少しでもそのような環境にしたく古民家を昔ながらの日本家屋の良さを残しながらリノベーションしkonyaを誕生させました。仕事に疲れたらおいしい食事で休憩して、カフェのスタッフや
他の利用者と雑談をしてまた作業に戻る。これこそがこれからの時代に求められる新しい働き方だと思います。
 起業家の方にはスタートアップの場所、士業の方には官公庁近辺にある作業場、テレワーカーの方は自宅とは違う仕事場所として地域を支える場所「Office konya」を活用して頂けたらと思っております。そしてカフェ共々、少しでも多くの方にこのkonyaという場所に慣れ親しんでもらえたらと思っています。
 おまけになりますが、ここkonyaには古民家とは不似合いなFreeWi-fi、EV自動車用の充電設備、「酸素カプセル」なども設置しています。「古」と「新」が混在するkonyaは、これからも働き方の追求を続けます。

■半田市榎下町24-1  ■TEL.0569-89-9917